第二項 後日談

文字数 958文字

 私は夢を見ていました。あのときの戦いを、夢の中で思い出したのです。占い師だった女性を救い出したあと、彼は私のもとへ歩いてきました。その顔を見て私は驚きます。だって彼は泣いていたのですから。左頬に、炎の熱で蒸発した涙の痕が、焦げくさい汚れた筋となっていました。
 「怖かったね……でも、忘れればいい」
そう言って、左手を私の額にかざします。
「待ってください!」
私は両手でおでこを守ります。また記憶が無くなったりするのが嫌だったから。私が子供みたいにテテテと逃げると、彼が思わず口元を緩めます。でもすぐに
「忘れるんだ……今なら、普通の生活に戻れる」
真顔に戻ります。
「そんなの一方的です!何も話してくれないで、記憶を消すなんて卑怯です!」
「まあ、そうかもしれないけど」
「お願い。消さないで!だって、まだあの子との約束が」
「あの子?なんの話だい」
「あの、美津井先生が亡くなった夜から、夢を見るようになったんです」
 そして私は話しました。それで彼の考えが変わるとは思えなかったけど、一生懸命訴えました。だってあの子は蓮野さんに、”自分のことを知らせて欲しい”って泣いてたんだもの。
「小さい男の子、小学生の男の子が、全身痣だらけで泣いてるんです」
それを聞いた彼は、怪訝な表情になりました。
「薄暗い部屋の隅っこで、畳の上で体育座りしてて」
私が話しているのは、夢のお話です。
「両親の暴力で……でも、身体よりも心の方がボロボロで」
夢の話をしているだけなんです。
「そうか……でもそれは夢だ。現実じゃない。気にしなくていいんだよ」
「でも!」
「でも?」
「その子が私に言うんです。”おねぇちゃん、僕は大丈夫”って。そして」
「そして?」
「大丈夫だって、”蓮君に伝えて”って……」
 そのあと私はすべてを話しました。夢の中で少年が言ったことを全部。それを聞いているとき、彼は辛そうな表情で、何かを堪えていました。必死に、自分の中で押さえつけているようでした。そして
「ありがとう……」
そう呟いたように聞こえました。
 「とりあえず、人が来る前に帰ろう……そうだ、そっちのおじいさん。貴方、少しの間身を隠した方がいいですよ」
「レン……本当に、レンなのですか?」
「お久しぶり。元気そうでなによりだ」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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