弁当

文字数 1,112文字

 次の日、富羅は父の使わなくなった古い弁当箱に母の作った料理を詰めて、瑠真の家へ行った。
「まったく、何で私が。」
 ぶつぶつと言いながらも、万一のことがあれば後味が悪い。父は仕事だし、母は風邪気味だから弱っている瑠真に近づかせるわけにもいかない。
「病人を放っておくようじゃ、いいお医者さんになれないわよ。」
「樹木医は人間は診ません。」
 母の言葉にそう言い返したかったが、母にとっては植物も動物も人間もすべて一緒なのだ。

「ごめん・・・ください。」
 この村の古い民家には玄関チャイムなんて高尚なものはない。あっても、大抵電池が切れている。玄関の土間越しに瑠真が寝ているのが見える。家の中が少し蒸し暑い。
「締め切ってるから熱中症になんてなるんじゃない。」
 庭のガラス戸を開けようとすると
「待って。この温度じゃないとこの子達が弱っちゃう。」

 薄暗い部屋の中を見回すと、そこかしこに飼育槽がある。中にはトカゲやカエル、小魚などが入っていた。
「ここは動物園か!」
 思わず突っ込みたくなった。

 富羅は母親から渡された弁当箱を彼に渡した。
「ありがとう。やさしいんだね。」
 思いも寄らない瑠真の言葉に、顔が赤くなる。
「勘違いしないでよ。かあさんが持ってけっていうから。」

 瑠真は人間に傷つけられ動物たちの面倒を見ているそうだ。爬虫類と魚しかいない。
「庭に鳥もいるよ。」
 動物たちを見ているうちに違和感がわいた。
「哺乳類はいないの?」
「ああ、彼らは僕の事が嫌いらしい。」
 瑠真は彼女の持ってきた弁当を食べながら答えた。すっかり元気そうだ。昨日は回覧板を持ってきた近所の人が土間で倒れていた彼を見て、あわてて救急車を呼んだらしい。田舎の救急車だ。医者も乗って無いし、とりあえず診療所へ連れて行こうという事になった。

「嫌いなものがあったら残してかまわないから。」
 富羅が母の言葉を伝えたときには、弁当箱の中は空になっていた。
「僕は、残さないよ。食材に申し訳ないからね。」
 富羅はちょっとだけ彼のことを見直した。
 でも、普通、作った人に悪いからって言わない?

 富羅はやっぱりこの家は変だと思った。テレビがない。冷蔵庫も洗濯機もない。それどころかガスコンロすら見当たらない。最近は都会で見せない収納ってやつが流行っているらしいが、どうも本当にないようだ。もしかして自給自足生活ってやつか?家電製品といえば玄関に村で配られた防災無線のスピーカーがあるだけだ。水も井戸水を汲み置きして使っている。彼が言うには、このほうが水槽に入れたときに魚が驚かないからだそうだ。
「ここは、江戸村か。」
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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