女医

文字数 1,042文字

 テロの影響で、お盆だというのに帰省する人間が少ない。日本の主要幹線はいまだに混乱している。地方で過ごしたほうが楽だとは思うが、都会へ予定通り帰れるかの不安から控えているらしい。
 例年7月に催されている祭りも今年は中止になるのではと思われていた。しかし、こんな世の中だからと、中学校で昼間にささやかに行われることになった。一か月近く遅れては、花火もできない。

「富羅。瑠真君、初めてだから一緒に行ってあげたら?」
 母は気楽だ。幸い友人たちは帰ってきていない。あいつらに見つかったら、なんて冷やかされるかわかったもんじゃない。
「お父さん、仕事だから間に合わないって。父さんの浴衣があるから、せっかくだから、持って行ってあげてね。」
 はた迷惑なおせっかいだが、小さな村では当たり前の近所づきあいだ。

 瑠真の家に行くと、若い女の人の声が聞こえる。聞き覚えがある。
「ごめんください。」
 おそるおそる玄関を開けた。
 スタイルのいい白衣の後ろ姿が見える。診療所の女医さんだ。
「往診ですか?」

「母さん。」
 瑠真の予想外の言葉に、富羅は固まった。

「あら、話してなかったの?」
 瑠真の体は特殊なので、普通の病院では見ることができないらしい。なので、診療所で働きながら生活することにしたらしい。村で唯一の診療所なので、現在、母親は住み込み状態。
「お祭りの会場にある仮設の診療所に行くところなの。」
 せっかくだからと息子をお祭りに連れ出そうとしていたらしい。

 浴衣に着替えた瑠真は、異国の人のように見えた。銀髪のせいなのか、白い肌のせいなのか不思議な感じだった。父の下駄は少し大きかったし、歯も傾いていて、履きにくそうだった。
「水虫はないから安心して。」
 原発関係の仕事がらなのか、父は皮膚の異常にはいつも気を使っていた。
 下駄を履いた富羅は150センチに達していたが、彼は180センチを超えていた。30センチも差があると親子のように見える。
 車で会場に入る。まだ、祭りは始まっていない。
「じゃあ、私は仕事があるから、よろしくね。」
 富羅は瑠真と共に本部前で放り出された。
「富羅ちゃん、デートかい?」
 港で働いているおばちゃんたちが屋台を出している。
「移住した人に祭りを案内しているだけ。ボランティア。」
 最初のうちは、いちいち相手にしていたが、
「若いもんはええね。」
 聞こえているのかいないのか、信じてなさそうでだんだん面倒になってきた。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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