帰宅

文字数 940文字

 結局は、政府にしろ軍にしろ、誘拐されたなどと現場や国民を騙したんだ。ますます、大人は信用できない。
「だめだった。嫌われたみたい。引越しするって。」
 嘘ではない。本当でもないかもしれないが。しかし、せっかく海外まできたんだ。もう一泊ぐらい観光しても罰は当たらないだろう。
「ゆっくりしてられないんでな。」
 父にせかされて、どこにも行けなかった。
「父親が生きてたことを早く知らせてあげよう。」
 白いビーチに建つホテル群を迎えに来たヘリコプターから見つめていた。
「海に沈まなかったら、新婚旅行で来るといいぞ。」
 そういえば父と母の新婚旅行がカンクンだった。青い海に白い浜。ウエディングドレスの自分と花婿が歩いている。ちらっと、彼を見るぼやけているが、しだいにはっきりしてくる。白い頭に青い目。腕には緑のカメレオン。
「ありえない。」
 富羅は首を激しく横に振った。父が余計な事をいうから、イメージがごっちゃになってしまったんだ。

 父とは途中でわかれた。どうせ、お偉いさんに報告でもしているのだろう。母は父が自衛官だって知っているのだろうか?まあ、母の事だ。知らなくても気にもしないか。家に着くと、富羅は爆睡した。

 翌日、夏美が疲れた顔をしてやって来た。
「ちょっと、勉のやつ、富羅がいないからって毎日、呼び出すんだぜ。」
 いや、それ違うから。やつの本命は夏美だから。

「人間でいうのは、仲間意識が強い。その分、敵対意識も強いものだ。頭が良くなりすぎて、フル回転していないと脳が暇で余計なことを考えて不安になるのさ。」
 瑠真は、神木のハルニレを見上げながら、富羅に話した。
「大きいわね。三百年も生きてるなんてすごい。」
 遅れてやってきた弥子は、何とか話に割り込んでくる。

 わしなんて、まだまだひよっこじゃよ。

 富羅の頭の中に神木の言葉が響く。確かに、彼らの寿命の3千年からすれば1割しか生きてないのだ。

「わしらにとって、スギやヒノキは敵ではあるが、彼らのおかげで、鹿に樹皮が剥がされずにすむ。人間には共生の心がない。」
 神木の言葉に耳が痛い。人間にとって、敵は常に敵で、根絶すべきものと教えられる。互いの権利を認め合う。いかに難しいことか。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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