孵化

文字数 1,010文字

 未だに電波は乱れている。電話もつながらない。中央からの指令が届いたのは丸一日経ってからだった。
 卵はますます白く、固くなっている。すでに、高さが2メートルほどになっていた。漁船からは網に入れた食料や水が、籠城する子供たちに届けられる。
 朝の光の中で、白い卵はきらきらと光った。
「富羅、頑張るんだぞ。」
 夏美は卵に耳を押し当てた。

 トクン、トクン

 規則正しい鼓動が聞こえる。

「どきなさい。防衛大臣から命令です。あれは、やつの一部だと認定され破壊するように閣議決定されました。」
 ヘリでやってきた役人が警官に伝える。
「本物ですか?」
「失敬な。これ以上邪魔をすると、職務妨害になりますよ。」

「子供たち、降りなさい。破壊命令がでたので、これからその玉を総攻撃する。まもなく、爆撃機とパラシュート部隊が到着します。強制的に排除される前に自主的に離れなさい。」
 役人の声がスピーカーから流れる。
「いやだ。この中に友達がいるんだ。」
 叫んだところで、聞こえるわけもなかった。

 バラバラ

 ヘリの音がしてきた。

 ドン

 夏美は卵が揺れたと思った。

 ドンドン

 やっぱりそうだ。中から何かが出ようとしている。車から窓ガラスを割るための非常用ハンマーを持ってくる。

 バリン

 卵が割れる。さらに割っていくと、突然足が飛び出してきた。
「富羅、下がって。」
 夏美は叫ぶと、勢いをつけて回し蹴りをした。

 ドッコン

 おおきな音と共にに人が入れるほどの穴が開いた。
「男は下がって。」
 差し入れの毛布を持って、夏美が中に入る。

 中から夏美が毛布にくるまれた何かを抱えて出てきた。
「富羅。」
 弥子が毛布に駆け寄るが、その顔を見た瞬間に一瞬ひるんだ。それは富羅の格好をしてはいたが、髪が白く、眼が青い別人だった。
 勉が他の連中の気を引く間に、そっと島の反対側から夏美と弥子が海岸へ降りていく。漁船には大作と瑠真の母親がいた。二人は毛布ごと受け取るとそのまま船で去っていった。

「玉の中は空でした。おそらく、孵化に失敗して死滅したものと思われます。」
 中央が信じるかどうかは問題ではない。国民が納得すればいいのだ。
 子供達も叱られる事はなかった。むしろ、攻撃を許した裏取引がばれたら政権は転覆してしまう。村人たちが、証言しない代わりに、子供達のことも不問にさせた。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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