景色

文字数 726文字

「失敗したらどうしよう。」
 富羅は相変わらずのエンジのジャージ姿で、瑠真と同じベッドの真っ白なシーツの上に並んで体育座りをした。
「気にすることはないさ。誰も僕らに期待してないよ。」
 気休めなのか、ずいぶんと気楽なことをいう。
「ところで、気になっていたんだが、いつも同じファッションだけど流行りなの?」
 いやいや、万年Tシャツ、ジーンズの君には言われたくない。
「普段は、ちゃんと3日おきに替えてます。いまは非常時だから一週間おきだけど・・・。」

「ふふふ。いつもの君だ。」
 怒ったせいか不安が和らいだ。こいつなりに気を使ってくれたのか。
「なんでだろ。君といるときが一番落ち着くよ。自然の中にいるような香りがする。」
 え?こんなこというやつだったっけ。
「どうせ、色気のないバカで地味な女ですから。」
 あ~、やっちゃった。どうしも素直になれないんだよな。
「そうか、僕とおんなじだね。」

「ねえ、背中あわせていい?」
 富羅は安蔵が言った、後ろで同じ景色を見るって言葉が気になっていた。
「何が見える?」
「壁。」
「そだね。」
 たわいもない会話だが、それとは別に背中が暖かい。落ち着いてくる。もし、ここがクリスマスイブのイルミネーションの下だったら、キスをしていたかもしれない。でも、フェリーの船室ではそんな雰囲気は微塵もない。

 世の中が落ち着いたらどんな景色が見えるのだろう。自分はその景色を誰と見ているだろう。
「自分の運命を恨んでない?」
「どうして?もっと前に死んでいても不思議はなかったんだよ。まだ生きているのが奇跡だと思う。残念なことは、もっと早く泊に来ていたら、もっと楽しいことが一杯経験できたんだろうなあ。」
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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