出張

文字数 1,119文字

「あら、ありがとう。そのままでいいわよ。送っていってあげたいけど、さっきの患者さんがまだ病院に到着していないから離れられないの。気をつけてね。」
 中学校の前まで来ると、瑠真が迎えに来ていた。
「母さんが、心配だから付き添ってあげなさいって。うちには電話がないから近所の人に呼び出してもらった。」
 今時、呼び出しって、戦後か?
「あ、ありがとう。」
 富羅は赤くなった顔を見られないように、うつむいて答えた。

 もし、同級生だったら恋をしていたかもしれない。でも、色々な話を聞かされたので気持ちは複雑だ。遺伝子治療ってどういうものなんだろう。瑠真は今でも人間なのか?同情してはいけない思いつつも、かわいそうという言葉が頭の中に沸いてくる。
 最近は性同一性障害者は珍しくなくなった。でも、別の生物からの移植ってDNAの同一性障害ってあるのかな?

 富羅の父が長期の海外出張に行く事になった。リュックに寝袋などキャンプ用品を詰めている。
「キャンプなの?」
「ん?まあな。現地の下見。」
 いつもの、父にしては歯切れが悪い。富羅は、父が旅立った後の父の部屋が、いつもと違ってきれいなことに気がついた。
「なんだか、ものが少ない。」
 立つ鳥、あとを濁さず。ふと彼女の頭にこの言葉がよぎる。
「父さん、いつもと違ってなかった?」
「昔から、たまに思い立ったように片付けるのよ。いつもこうだと助かるんだけど。」
 鈍感な母に聞いても無駄だった。

 先日のこともあり、診療所で貧血の検査をしてもらうことにした。普通なら、専門のところに検体を送らなければならないので、数日かかるところだが、瑠真のためなのか、なんだか設備が充実している。
「田舎の診療所になんてもったいない人だよ。」
 村人の評判はいい。確かに、常駐で医者のいる診療所はめずらしい。ただ、昔からここは原発のおかげで裕福だったから、平日はレントゲンもとれるし、看護スタッフもいた。
「時間外でも休日でも、対応してくれるのがありがたいよ。」
 昔は、子供の急病など街医者でも時間外にも診てくれたらしい。でも、街に夜間診療所ができたり、休日当番医の制度ができてからというもの、診てもらえなくなったという。
「技術が進歩しても、人情は廃れていく。」

 富羅は、待合室の窓から松の根元を眺めた。今日は、きれいに周囲に溶け込んでいる。
「大作先生、腕を上げた?」
 彼女は、女医である瑠真の母に小声で尋ねた。
「海外へ派遣されるので、別の人に代わったようね。」
 あれ?何だか似たような話があったな。
「うちの父も海外出張に今朝出かけた。」
 特殊な業務だ。行き先は家族にも教えない。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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