富羅

文字数 605文字

 ミーン、ミーン、ミーン。
 青い空、緑の大地。北海道の大地は穏やかだった、例年より暑い夏だったが都会の混乱とは無縁だった。もともと裸子植物が松とイチョウぐらいしかないこの島では裸子植物の勢力が拡大しなかった。泊にある原発はもう何年も稼働していない。

 農業高校に進学したばかりの富羅は、樹木医になる夢があった。幼いころ、庭のイチョウが枯れかけた際、たまたま調査で旅をしていた樹木医志望の大学生が手当てをしてくれたことがあった。大きさは半分になったが、今でも元気に青々と三角の葉を茂られている。
 トントン。
 こっちにいる時には、毎朝、そのイチョウを軽くたたいて、音を聞くのが富羅の日課になっていた。
「元気そうだね。」
 声をかけると緑の葉がザワザワとする。
「風・・・だよね。」
 葉のあいだからのぞく青い空を見上げながらつぶやいた。

 幼いころからピアノをしていた彼女には絶対音感があった。そのため、音を聞くだけでイチョウの体調が分かった。耳をあてると太い幹から水を吸い上げる音が聞こえる。ポコポコと甲高い音がする時は、とても元気な時だ。ボコオンボコオンと鈍く低い音がする時は、疲れていて元気がなくなっている時。暑いとドクドクと速く、寒くなるとトクントクンとゆっくりになる。その音は
「きょうは暑いね。」
 とか
「今日は日差しがあって気持ちがいいね。」
 とか、まるで会話しているかのようだった。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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