視線

文字数 813文字

 空の弁当箱を持って、帰る途中で富羅は、異常な目線を感じた。さりげなく振り返ったが誰もいない。目はいいほうだ。視界に誰かいればわかる。車もあまり通らない田舎道。北海道にしては異例の暑さに、昼間に出ている人もいない。
「熊?」
 田舎では熊避けの鈴は必需品だ。こんな暑い昼下がりに、熊やイノシシなども出てくるとは思えない。今まで感じたことのない類のものだ。

「ストーカー?」
 確かにかわいい少女が一人で歩いているんだ。
「いや、いや、それは、ない。」
 一人でボケ突っ込みをしながら、急いで家に帰ってきた。

 トントン。
 庭のイチョウの木に、ただいまの挨拶をする。耳をつけるとポコポコと澄んだ音がする。
「心配いらないよ。」
 イチョウは、そう言っているようだった。

 翌日は、母の付き添いで診療所に行った。年寄の夏風邪は危険だ。肺炎になったら命が危ない。
「彼氏、元気?」
 いつもの女医さんだ。
「だから、違いますって!」
 まったく、女の人ってどうして何でも恋バナにしたがるんだろ。
「この子は、まだまだ子供だから、恋愛なんて。」
 母親も母親だ。もう少し、うまい言い方があるだろう。中学の時だが片思いぐらいはある。街からかっこいい転校生がやってきた。一か月ほどでまた転校してったけど。原発のエンジニアの家族だったらしいが、再稼働のめどが立たずに別の施設へ転勤していったらしい。
 道内には泊だけだから、きっともう会うことはないだろう。
「やっぱり、自分には樹木だけだ。」
 富羅は改めて心に誓うのだった。

 待合室のテレビが昼のニュースを流している。大都市の機能は謎の穴でなかなか復旧しない。原発関係の話はない。情報統制されているようだ。富羅は父親から秘密裏に話を聞いていたが、半信半疑だ。泊は長期間停止しているから占拠されていない。だから、余計に実感がわかない。一体だれがそんな大規模なテロをしたのだろう。
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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