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 それから数日おきに富羅と母が、瑠真の様子を見に行っている。さすがに若い乙女が男の家に出入りするのは問題がある。いつもなら、富羅が港のいつもの堤防にいくと、瑠真がカメレオンの散歩にやってくる。

 港で一人沖を見つめていた富羅の視界にまっすぐな白波が飛び込んできた。高速で大型の魚が水面近くを泳ぐ時にできる波だ。白いアザラシのような塊が滑らかに水中を泳いで堤防のほうに向かってくる。
 北海道ではアザラシは珍しくない。
「シャチだ!」
 その白い塊を後ろから大きな黒い塊が追いかけている。アザラシはシャチにとって格好の玩具だ。やつらは、沖から浜に向けてアザラシを追い詰めるとその大きな口と鋭い歯でくわえて何度も放り上げるのだ。食べるわけではない。遊ぶためだけに他の動物の命をもてあそぶ。
「ダメ!そっちは浅瀬。港の漁船の間に入って!」
 富羅は思わず叫んだ。聞こえるわけはない。都会の人間は、手を貸してはいけない、弱肉強食は自然の摂理だというが、海の恵をいただいてきた猟師町に住む人間は自分達も自然の一員という自覚があるので、助けられるものには手を貸す。
 白い塊は堤防の先端を回り込んで港へと入ってきた。大型のシャチは漁船の隙間には思うように入って来れない。それに、やつらは自分より大きな漁船には近づかない。やつは港の沖でグルグルと何度か回って引き上げていった。

 富羅はアザラシを探した。疲れて港の底に隠れているのだろうか。見つからない。あきらめかけたとき、桟橋をびしょ濡れで歩いてくる瑠真を見つけた。
「やあ、大変な目にあったよ。」

 アザラシに見えたのは瑠真だった。でもシャチから逃げ切る速さって、オリンピック選手以上だろ。それにあれは水泳の動きじゃない。そう思ったのもつかのま、彼の背負っている50センチほどの物体に目が釘付けになった。
 緑色の流木?
「子供が溺れていると思って助けに行ったんだが、逆にシャチに追いかけられた。僕は哺乳動物に嫌われてるからね。」
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登場人物紹介

羽合 富羅(はあい ふら)

農業高校1年で寮暮らし。ジャージ姿。伸長約140cmのチビで地味。植物の声が聞こえる。夢は樹木医。

夏休みを北海道泊村の実家で過ごす。

春馬 瑠真(はるま るま)

富羅の実家の村に移住してきた。身長約180cm。知識はあるが性格は子供。カメレオンを腕に乗せ散歩させている。

夏美(なつみ)

富羅の中学の同級生。スポーツ万能。勘違いから富羅と勉をくっつけようとしている。

弥子(やこ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。土地成金のお嬢様。両性類や爬虫類が嫌い。瑠真を好きになる。

勉(つとむ)

富羅の幼馴染で中学まで同級生。勉強はできるが運動はダメ。夏美のことが好き。

ドクター・春馬

泊村の診療所の女医。元遺伝子治療の研究者。

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