第１３３話　サビ抜き

　梅雨の晴れ間にあたしとひなちゃんはおりいぶ公園のベンチ座ってたわいのない話をしていた。するとひなちゃんが突然話題を変えてきた。
「昨日のことなんやけど、母さんがいきなり寿司を食べたいって言いだしてダイエーに買いに行ってんな。俺も寿司なんて久しぶりやから、楽しみにしててん。それが母さん帰って来るなりサビ抜きの寿司しか売ってへんかったって、無料のワサビの小袋をいっぱい持って帰ってきたわ。俺もワサビ好きやからサビ抜きってなんか嫌やわ。ところで鹿渡はどっち派？」
「あたしもサビ抜きは嫌やな。サビ抜きやといちいちネタどかして自分でワサビつけんなアカンから面倒くさいねん」
「そやろ～。あれめっちゃ面倒くさいねんなぁ。うち車ないから家族で外食って滅多にないねんけど、今は回転寿司でもサビ抜きなん？」
「そやな、あたしも回転寿司はあまり食べに行ったことないけど、基本サビ抜きやな」
「あかんな、そんなん伝統的な寿司やないで。と言っても鳳に本格的な寿司屋ってないんちゃう」
「そんなことないで。南小の正門前に『すし豊』ってお店あるで」
「そうなん？　そんなんあったかな。２年参りのときに佐藤を送って行ったから、南小の前は通ったんやけどな～」
「あのときは深夜で暗かったから気づかんかったんとちゃう？　それにずっとおしゃべりしてたし」
「そうか、それなら見逃してもおかしくないわ」
「お父ちゃんの実家があのへんやねん。だいぶ昔からあるお店みたいやで」
「創業うん十年の伝統ある寿司屋なんやな。それで鹿渡は行ったことあるん？」
「ないな。でもお父ちゃんは行ったことあるはずやで」
「えっ、１人で行ったん？」
「ちゃうちゃう。子供の頃おじいちゃんに連れて行ってもらったことがあると思う」
「今はもう行ってないのかなー」
「うーん、お父ちゃんとお父ちゃんのお兄さんが相性悪くてな。実家も乗っ取られたし、付き合いはほとんどないわ」
「そうか、それは残念。紹介してもらおうと思ったのに」
「でも、伯父さん家族は行ってると思うで。お父ちゃんの実家、工務店やから祝い事とか祭りとかそういうの大事にするから」
「そうなんや。実は言うとうちの父さんも伯父さんと仲が悪いねんな。それに母さんも叔母さんとめっちゃ仲が悪いねんなぁ。2人とも大学院まで行ってなかなか実家を離れられんかってんな。それに大学の非常勤講師なんて高校生のアルバイトみたいな収入しか入らへんから」
「それでも実家におったら問題も出てくるんやな」
「そやねん。父さんなんて伯父さん家族と同居してたし、その嫁さんが父さんのこと毛嫌いしててな。小さな娘のことをいやらしい目で見てくるとか言って父さんホンマ嫌やったみたいやわ」
「そんなんされたら、実家出ていきたくなるわな」
「でも、お金がないから出て行けずに我慢してたそうやで」
「大学教授になってからやっと出て行けたんや」
「まあ、そうやな。大学から正規雇用してもらえたのが決め手やな。でもいきなり教授ではないで。常勤講師、准教授、教授って感じに段階があるんや」
「へぇ、そんなもんなんや、大学って」
「母さんも同じやで。実家暮らししながら、大学の非常勤講師や翻訳の仕事してたけど、おじいさんが亡くなって、そこからすでに嫁いでいた叔母さんと遺産争いや。今まで別に暮らしてたのにいきなり叔母さん家族が実家に住み着くようになって、結局追い出される形やな」
「遺産争いは怖いってよく聞くからな」
「ホンマやで。おじいさん北町に土地持っていたからな。今では高層マンションになってるけど」
「それは怖いわ。小説とかドラマやったら殺人事件になるパターンやん」
「そやからうちは両親ともに親族の付き合いが本当にないから、ホンマうちに嫁ぐ人は楽やと思うで」
「そうやな。ひなちゃんちは凄く居心地よさそうやったな」
あたしがそう答えるとひなちゃんは何だか突然がったりした表情になる。何かまずいこと言ったのかなとあたしは思うが、さっぱり原因がわからない。そこでとっさに話題を変える。
「ひなちゃんはわさビーフってポテトチップス知ってる？」
「知ってるよ。父さんがよくコンビニで買ってくるわ」
「うちのお父ちゃんもわさビーフが好きでコンビニで買ってくるわ」
「あれ、美味しいよな」とひなちゃんが一転笑顔になったので、あたしは安心して「そやねん。あたしも大好きやけど、ダイエーには置いてないねんな」と返す。
「わさビーフは新太も食べるから、俺としてはダイエーにも置いといて欲しいな。またお客様の声に書こうかな」とひなちゃんがあまりにも嬉しそうに話すから、あたしは「そやな」と答えながらもなぜかふとひなちゃんと手をつなぎたいと思って、あたしはひなちゃんの右手をそっと握った。