第97話 お弁当のお魚

文字数 1,977文字

 お弁当を食べているとき、いきなりひなちゃんが聞いてきた。
「鹿渡の弁当って魚入ってないよな。なんか理由があるん?」
「お父ちゃんが焼き魚苦手やってもあるけど、煮魚は液漏れするから入れてへんねん」
「そやな、ダイエーで鮮魚コーナー見たりウイングスの海童で魚見たりしてるもんな。鹿渡が魚料理苦手ってわけないよな」
「うちでは作るんやけど、お弁当に入れへんな。それにお父ちゃん、仕事柄お弁当ゆっくり食べてる暇ないから、魚やと骨とかあるから時間かかってしまうねんな」
「そこまで考えてるんや。すごいな鹿渡は」
「まあ、お父ちゃんに言われたからやけどな」
すると西野君が「それにしてもそこまでするって、鹿渡は凄いよ」と感心して言った。
「わ、わ、私もす、す、すごいと思う」と佐藤さんまで賛同する。
「褒めてもなんも出えへんで」
「何が得意なん?」
「うーん、基本的に煮物かな?」
「それは美味そうやな。でも弁当に入れられへんのやったら、ちょっともらうってことも出来んか」
「それなら今度、タッパーに詰めて持ってこようか?」
「ええの? めっちゃ嬉しいけど、鹿渡の負担にならへん」
「夜の残りもんになるから、負担にはならへんよ。それより苦手な魚ってある?」
「俺はないで」とひなちゃんが答えると、西野君も「俺もないわ」と続いた。すると佐藤さんが申し訳なさそうに「わ、わ、私…し、白身魚はちょ、ちょっと苦手」と言った。
「わかった。白身魚は避けるわ」
「あ、あ、ありがとう」と佐藤さんは微笑んだ。

 その日の帰り、あたしはひなちゃんとダイエーの鮮魚コーナーにいた。
「大きい魚やったらタッパーに入らへんし、イワシかな?」
「イワシ、俺好きやで」
「ならイワシにするわ。今日はおかあちゃんに返し忘れたWAONカード持ってるねん」
「そんな急にやなくてもええのに。ホンマいつでもええんやで」
「ええねん。今夜はイワシの梅煮にするから」
「ホンマにええんか? 俺たちに気使ってない?」
「ある程度リクエストくれた方がありがたいねんなぁ。1人でメニュー考えるのって結構大変なんやから」
「そんなもんなんやー、俺料理せえへんからわからんわ」
「そんなもんなんやで」と答えるとあたしはイワシを2パックかごに入れて、今度はショウガを見に行って大きめのショウガをかごに入れてレジで清算した。
「なあ、ひなちゃん。少しおりいぶ公園よっけへん?」
「ええけど魚痛めへん?」
「大丈夫や。冬やし氷もたくさん入れてるし。少しくらいなら問題ないわ」
「それなら、よっていくか」
「うん」と答えてあたしはひなっちゃんの右手を握った。あたしの右手には1枚3円で買ったレジ袋が握られていた。

 次の日あたしはお弁当とは別のタッパーを取り出した。
「これ、イワシの梅煮なんやけど、みんなのお口に合えばどうぞ」
「うわー、ありがとうな鹿渡」ってひなちゃんが言う。
「俺、魚って缶詰ばかりやから嬉しいわ」と西野君。
「…し、し、白身魚、に、苦手って言って、ご、ごめんね。か、鹿渡さん」と佐藤さんがお詫びする。あたしは「ええよ」って答える。
「昨日の夜作ったあまりもんやけど、一度冷ましてるから味がしゅんでるで」
「早速いただくわ」とひなちゃんが1番最初に箸を伸ばした。それから西野君も佐藤さんも。あたしはみんなの反応が気になる。だけどみんな「さっぱりしていて美味しい」って言ってくれた。それを聞いたあたしは「たまには残り物やけど魚の煮物持ってこようかな?」って嬉しくなる。すると意外にも西野君が「持ってきて」と大きな声で言った。あたしが少し戸惑っていると「俺、普段から愛さんに弁当作ってもらってるねんけど、肉ばかりじゃなくて魚も入れてくれるねん。バランスを考えてくれていることなんやけど、俺の親父はそんなバランスええ食事してないねん。缶詰の魚は味がどうしても濃いねんな。なんかあまり健康にはよくない感じがするんや。だから親父にも鹿渡の魚料理を食べさせたいんや。もちろんお金は払うよ。だから、親父分にも作ってくれへんかな?」
「もちろんええよ。夕食の残り分になるからお金はいらないけど」
「いや、払うって。そんな無茶通るわけないやろ」
「ええねん。家族の残りもんやし。それなら西野君が液漏れしないタッパー買って」
「それでええんか? 俺、マジで鹿渡にお願いするで」
「ええよ。西野君ってお父さん思いなんやね」
「それは…。親父が俺のせいで仕事漬けの日々やからな。当然、身体は心配になるわ」
そんな会話を聞いていたひなちゃんがなんか複雑な表情になり、あたしはちょっと心配になったけど、ひなちゃんは「新太のお父さん、激務やからな」と不満ながらもちょっと安心した表情になった。佐藤さんは軽く微笑んでいる。するとあたし本当はひなちゃんのためだけにご飯を作りたいと思い、急に何考えているのあたしと冷静になった。
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