第68話 合唱コンクール練習

文字数 1,593文字

 合唱コンクールが近づいてきて音楽の時間に練習が始まった。だけどひなちゃんの扱いに男女が揉めていた。男子は「ひなちゃんは見た目も声も女の子だから女子の方に入れろ」と主張し、女子は「言うてもひなちゃんは男の子だから男子やろ」と主張する。それで当の本人のひなちゃんは「どっちでもいいわ。どうせ俺口パクやし」とあきらめムードだ。そんな揉め事が起きる原因はひなちゃんが壊滅的に音痴だから。あたしは女子に来て欲しいなと思っているけど、鳳小出身の女子が頑なに拒否をする。確かにリコーダーの試験は悲惨な状況だったけど。あたし自身ひなちゃんが歌ってるところって見たことないのでどれだけ音痴かはわからない。でも声もかわいいし本人が言うほど音痴ではないだろうと思っている。

 音楽の小川先生は「ひなたはどっちに入りたいんや?」とひなちゃんに聞くが、ひなちゃんは「できればやりたくない」と答える。「なら先生の独断で決めるで」と言って「ひなたは女子グループに入ってもらう」と決断を下した。あたしは嬉しいけど女子からは大ブーイングが起きる。小川先生は「もう決まったことや。文句言うな」と大声で言った。だけど、あのひなちゃんがここまで避けられるってことは初めてやなと思ってとなりにいた松本に聞いた。
「ひなちゃんってそこまで音痴なん?」
「悪いけど、音痴ってレベルじゃないよ。わざとでもあんなに下手に歌われへんくらい。私、初めて聞いたとき、大爆笑したくらいやから」
「リコーダーよりもひどいん?」
「あんなもんやないよ、レベルが違う。でもひなちゃんの悪口言ってるわけやないからね」
「そうなんか…」とあたしは少し残念に思う。

 初めに男子グループが歌い始める。普通にうまいなとあたしは思う。次は女子グループだ。すると小川先生は佐藤さんに「無理せんでアカンかったら歌うのやめてええんやで。でもなるべく歌って欲しいな」と声をかけていた。佐藤さんは黙って頷く。それを見ていたひなちゃんは「佐藤も頑張るんやったら俺も頑張るわ」と佐藤さんに声をかけた。佐藤さんは嬉しそうに笑ったので、あたしもひなちゃんの心遣いに嬉しくなった。しかし、女子グループが歌い始めると笑いどころではなく、どよめきが起こった。原因はひなちゃんだ。あたしでも引くくらいの本物の音痴だった。なんでこうなるのと思うくらい音程もメロディーも何もかもが外れている。本人があれだけ嫌がる理由がよくわかる。これは本当にひどい。もちろん歌は途中で止まった。すると清水がひなちゃんに文句を言う。
「ちょっと、ひなちゃん、ふざけないで。真面目にやってや」
「俺は真面目に歌ってるんやけどな」
そう答えると周りから笑いが起きた。悪いけどあたしも笑った。佐藤さんも笑っている。そこで初めてあたしはひなちゃんの意図に気が付いた。佐藤さんを守るためにひなちゃんはあえて口パクしなかったんだ。あれだけ嫌がっていたのに大きな声で歌うなんてあまりにも不自然だもんね。佐藤さんに注意がいかないようにわざと自分が犠牲になったんだ。やっぱりひなちゃんはひなちゃんなんだとあたしは感心する。清水はまだ怒っていて「歌うんやったら小さな声で歌いや、全体に影響出るから」とひなちゃんを非難する。「わかったわ」とひなちゃんは言い、次からは小さな声で歌い次第に口パクに変えていった。

 授業が終わり音楽室から出ていくひなちゃんにあたしは声をかける。
「ひーなちゃん。ありがとうな」
「なんのことや。俺はみんなに迷惑しかかけてへんぞ」
あたしはひなちゃんの顔を見てニヤニヤして通常教室に歩き出すと佐藤さんがあたしたちのもとに来て「…ひ、ひ、ひなちゃん、あ、あ、ありがとう」と言った。「俺は何もしてへんからな」と知らんぷりを決め込むひなちゃんがあまりにかわいくて、あたしと佐藤さんは顔を合わせてくすくす笑いあって教室に3人で向かった。
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