第14話 西野新太

文字数 1,898文字

 俺は自分の母親のことをよく覚えていない。派手な人だったという印象しか残っていない。そんな母親と親父が離婚したのは俺が小2のときだ。母親が親父名義で借金していたのが発覚したのが原因らしい。俺にはよく分からないことだったけど。それから俺と親父は住んでいた奈良から逃げるように引っ越した。今でも貧しいには変わりないが、俺は昔から貧しくて苦しい生活だったので、それが世間の当たり前だと思っていた。小学校に入っても俺はランドセルすら買ってもらえないくらいだった。しかし俺のぼんやりした記憶では母親は外ではいつもきれいな服を着ていた。今思えば、母親が自分のためにお金を使い込んだのだろう。しかし俺が小学校で「なんで西野君はランドセルないの?」と同級生たちの無邪気な言葉に傷ついていたのは忘れもしない事実だ。

 そんな俺と親父が誰も知り合いのいない堺市西区鳳北町の古いアパートにいきなり引っ越してきたのだ。俺も親父も心細かった。だけど生活していかないといけない。親父は自分の持っている介護の資格で堺市西区のある公立高校のとなりの介護施設で働き始めた。就職は奈良にいるときに決まっていたみたいだ。俺は鳳小に4月から編入することが決まっていた。ランドセルもない貧しい子。きっと嫌な目に合うと俺は憂鬱だったけど、鳳小のクラスのみんなは何も気にかけずに俺に普通に話しかけてきた。なかでもひなちゃんって呼ばれている女の子みたいなちっちゃな男の子は俺を毎日のように放課後遊びに誘い、うちの前の鳳北町第1公園のグランドでゴムボールを使い二人で野球ごっこをするようになった。俺はそれが堪らなく楽しかった。そのうち軟式ボールでやろうよとなり、俺は親父にグローブをねだった。俺に友達ができたことが嬉しかった親父はどこからかすぐに子供用のグローブを買ってきてくれた。そのうち歩いて行けるひなちゃんのうちに遊びに行くようになると、愛さんはランドセルを持っていない俺のために無料で中古のランドセルを配布している団体を調べて俺にランドセルを贈ってくれた。それだけではない。俺の親父の勤務体制を知ると親父が夜勤の際は家に泊めてくれるようになった。愛さんの手料理が本当に美味しくて、ひなちゃんと一緒に入るお風呂が暖かくて、ひなちゃんと一緒に寝るベットがふかふかで本当に幸せな時間だった。哲也さんは俺も野球が好きだと知ると京セラドームによく連れて行ってくれた。むかし来場者プレゼントでもらったというオリックスのユニホームをひなちゃんと二人で着て外野上段席で応援して愛さんのお弁当を食べて、哲也さんはビールを飲んで声援を送る。それが俺にはたまらなく楽しい時間だった。そんなわけで俺とひなちゃんは今でもオリックスバファローズのファンだ。

 これだけしてもらっているのだから、さすがに親父が申し訳ないですとお金を渡そうとすると、愛さんはいつも断った。愛さんは言う。「ひなたが学校で新太君に助けてもらっているから」と。それから愛さんは毎月第4土曜日に大鳥大社の前でやっている子ども食堂に行くように言って、俺たちを毎月通わせた。そこで俺は自分みたいな貧困家庭はただ見えないだけで、どこにでもあり得る問題なのだと知った。ちぐさ子ども食堂でひなちゃんと弁当を食べながら俺は愛さんが俺たちに伝えたかったことをなんとなく理解した。当時はやっていなかったけど、最近ちぐさ子ども食堂は子供塾も始めたらしい。学習支援も大切なことだと今では思う。幸い俺は学習環境には恵まれていた。愛さんの仕事は翻訳家なので基本的に家にいて、俺は勉強も教えてもらっていた。特に愛さんの専門の英語はかなり丁寧に教えてもらっていたので、ひなちゃんには勝てないけど中学の英語の点は結構良い。それに哲也さんは工学部の教授で中学生向けの内容の数学と理科を丁寧にわかりやすく教えてくれた。これも俺の比較的得意科目になっている。もちろんひなちゃんには勝てないけど。

 小5にもなると俺の体は大きくなって、ひなちゃんと一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝ることは出来なくなったが(ひなちゃんの部屋の床に布団を引いて寝ている)、それでも俺にとって大切な時間だった。中学に入ってからは泊まりに行くことがなくなったが、愛さんが俺のために弁当を作ってくれるし、哲也さんは今でも京セラドームに連れて行ってくれる。そして何よりもひなちゃんといる時間が楽しい。だから俺はこの関係を絶対に壊したくない。なので俺は小5のときに愛さんとした約束「ひなたに変な女が付かないようにひなたを守ってね」をずっと守り続けていくつもりだ。
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