第４３話　午前中の公園

　夏休みに入り1週間以上たつけど、何だかひなちゃんと直接会えない日々があたしには物足りない。もちろんSkypeでのやり取りはしている。でも本物のひなちゃんに会いたくて仕方がない。絶対的にひなちゃん要素が不足している。でもおりいぶ公園のベンチは木陰にならないし、喫茶店とかで会うお金もない。あたしは今日もお父ちゃんの弁当を作り、仕事に行く両親を見送った後に冷蔵庫を開けて食材のチェックをする。そしてシンク下もチェックすると以前西野君からもらったチューリップの缶詰が１個残っていたので、今日はゴーヤチャンプルにするかと決めて買い物に行くことを決意する。暑いから外に出るの嫌なんだけど、こればかりは仕方がない。パソコンを開くとひなちゃんはまだ来ていなかったので、今日は朝から買い物に行こうと思い支度をした。

　ダイエーで買い物を済ませて、なんとなくおりいぶ公園に行った。いつものベンチは直射日光を浴びてすごく暑そうだった。あたしは踵を返して公園から出ようと南側の出入り口に向かう。ここは人通りが多いからか、道はレンガで舗装されている。災害用の保存庫の前を通るといつもは気にもしないベンチが目に入った。東側に木々が植えられていてそのすぐ前にある芝生の中のベンチは木陰になっていて、これって午前中なら使えるんじゃないかなとあたしは思い慌ててうちに帰った。食材を冷蔵庫にしまい再びパソコンを開くとひなちゃんがログインしていたので電話してみた。
「ひなちゃん、おはよう」とあたしは言う。するとひなちゃんは「もうお昼やで。なんかしてたん？」と聞いてきたので「ちょっと買い物に行ってた」と答える。
「なあ、ひなちゃんは午前中何してるん？」
「基本寝てる」
「そこを無理して起きられへんかな。おりいぶ公園のいつものベンチやないほうのベンチな、午前中は木陰になってそんなに暑くないねん」
「なに、午前中に会おうってことなん？」
「そういうこと」とあたしはきっぱり言った。ひなちゃんは少し黙って迷っているみたいだった。
「母さんと出かけるのかぶらんかったらええで」
「なら決まりやな」
「時間は何時くらい？」
「そやな～、10時くらいかな」
「じゃあ、明日の10時に行くわ。暑いから水筒も持って来や」
「わかった。それなら明日な」と言いあたしはSkypeを切った。やったー。これで足りていなかったひなちゃん要素が補給される。あたしは嬉しくなって、部屋に戻りベッドに横たわり足をバタバタさせる。ああ、もうあたしはひなちゃんなしでは生きていられない身体になっている。

　次の日、おりいぶ公園に行くと木陰のベンチにひなちゃんが青いボーダーのTシャツに白のオーバーオールを着て座っていた。あたしはそんなひなちゃんがとてもかわいくてたまらなくなる。そしてあたしは黙ってひなちゃんの前に立つ。
「おはよう、鹿渡。今日も暑いな」と言うひなちゃんを無視して「ひなちゃん、今すぐ立って」と言った。「なんで？」といぶかしげに、でも素直にひなちゃんは立ち上がった。その瞬間、あたしはひなちゃんにおもっきり抱きついた。「なに、何⁈　鹿渡、なにしてるん」とひなちゃんが困惑するけど、あたしはひなちゃんをさらに力強く抱きしめる。久しぶりの生ひなちゃんにあたしは興奮が収まらないけど、ひなちゃんは「暑い。暑いって」と冷静にあたしを振りほどいた。
「ごめん、なんか久しぶりにひなちゃん見るとめっちゃかわいくて我慢できへんかった」
「あのなぁ、鹿渡。ちいちゃな子供やないんやから理性くらい保てよ」
「アカンねん。ひなちゃんに関してはあたし理性なんか保たれへんねん」
「まったく」とひなちゃんはあきれ顔でベンチに座った。あたしもひなちゃんの右に座る。そして水分補給して一息ついた。それからしばらくお互いの近況なんかを話した。
「そうや、ひなちゃん。借りてた本やけどもっと借りとってもええかな」
「もちろん、ええけど。まだ読んでないん？」
「読んだよ。でも面白くてもう1回読みたいねん」
「それはよかったわ」
「印象派？　あれはすごいよ。ただの風景画やないねんな。絵に時間って要素も描きこむんやで。あたしもあんな風景画描いてみたいわ」
「印象派は日本人に人気やからな。鹿渡も描いてみたらええねん」
「色鉛筆で試してみるわ」とあたしは答えた。でも初めから描きたい絵は決まっている。ひなちゃんといつも一緒にいるこの公園。あたしの大切な場所。大切な時間。絶対夏休み中に描き切ってみせる。そう思うとあたしは無意識にひなちゃんに寄り添ってひなちゃんの柔らかい手を握っていた。