第94話 新500円玉

文字数 1,664文字

 今日は風があるけど暖かい。1月やのにホンマどうしたんやろ? 今年の冬。だからあたしたちは学校に残らず普通に帰った。今日は普通に帰ろうっかって言うひなちゃんを見て少し悲しそうな表情をする佐藤さんには未だになれないけど、2人でいられる時間はあたしにとって特別だ。ごめんね、佐藤さんって思いながら教室を出る。3人で話しているときも楽しいけど、佐藤さんと別れるときのふと見せる佐藤さんの表情が辛い。だけどあたしは気を取り直してひなちゃんと2人おりいぶ公園を目指す。

「鹿渡はお小遣い、月いくら?」
「えっ、あたし? 2000円やけど、お手伝いしたときにたまに100円もらえるねん」
「俺も2000円やったのに、最近母さんが交際費とか言って何故か3000円になってん」
「交際費? 西野君と遊ぶためのお小遣い?」
「俺も訳わからんけど、なんか急に1月から1000円アップしてん」
「ええな、あたしもお小遣いアップしてほしいわ」
「だからな、今日の俺は鹿渡にホットの飲み物くらいはおごれるねん」
「おごってくれるん?」
「任せておき。今日はホットコーヒーやら紅茶なんでもおごるで。おまけにいつものおつとめ品やない肉の竹田屋の揚げたてコロッケもおごるで」
「ひなちゃん、神やわ」
「そんな大げさな言い方はやめてや。たまたまやから」
「やっぱ、ひなちゃん神やわ。それならお言葉に甘えるで」
「気にするな、鹿渡にはいつもお世話になってるから」とひなちゃんは笑った。

 ウイングスの東出入り口から入ってすぐのうどん屋きらくを通り越して肉の竹田屋に並ぶ。するとひなちゃんが急に声を上げた。
「あれ、揚げたてコロッケ85円やったのに90円になってる」
「ホンマや、やっぱり値上げの波はここまで来たか」
「まあ、しゃあないけど。鹿渡はプレーンコロッケでええかな? 俺はカレーコロッケを試してみたいねんけど」
「プレーンでええよ。ひなちゃんがおごってくれるならあたしはなんでもええわ」
「鹿渡の食べたいものでええんやで。別にコロッケではなくても」
「ううん。あたしはプレーンコロッケが食べたい」
「わかった。俺はカレーコロッケにするわ。どうせ交換して食べるし」とひなちゃんは核心をついてきた。バレてるなとあたしは思いつつ「初めからそのつもりや」と答えた。ひなちゃんは笑いながら「いつもそうやもんな」と答えて、コロッケを注文した。
 東出入り口から出てすぐの自動販売機で「鹿渡は何飲みたい?」とひなちゃんが聞いてきたので、あたしはミルクティーと答えた。わかったと言ってひなちゃんがお金を入れるとすぐに返却口から硬貨が戻ってきた。ひなちゃんは同じことを繰り返す。でも硬貨は戻ってくる。しばらくひなちゃんは硬貨を見つめて「これ、新500円玉やん」と大きな声で言った。あたしは何? ってなるとひなちゃんは「新500円玉に対応してない自販機があるねん」と答えた。
「500円使えないってことなん?」
「今年新札に変わるから対応してない自販機もあるな」
「それって、今のお金使えなくなるってこと?」
「それはないけど、どうしても新札と切り替わるときは混乱起きるな。特にこんな自販機とかATMとかわな」
「それならなんで新札にする必要あるん?」
「それは偽造防止のためやな。20年前くらいの最新技術が今では当たり前になるからな」
「なんか面倒くさい…」
「確かにそうやけど、貨幣価値保つためやからなぁ。俺もこんな景気が悪いときに企業に負担をさせるやり方はどうかと思うけど」
「あたし、お金って言えば野口英世やし福沢諭吉やわ」
「まあ、それも普通の感覚やな。それより鹿渡、自販機より種類は少ないけどダイエーにホットミルクティー買いにく? それともコロッケだけでいい? 俺は風があるからホットな飲み物欲しいんやけど」
「それじゃあ、あたしもホットミルクティー欲しい」
「ならコロッケが冷めないうちに買い行こう」
そう言うとひなちゃんはウイングスに入って行った。あたしは後を追いかけながらひなちゃんってこんなに積極的な面もあるんやと思っていた。
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