第74話 九度山の柿

文字数 1,922文字

 いつも通り佐藤さんと途中で別れてあたしたちはウイングスを目指して歩いていた。するとひなちゃんが突然あたしに「鹿渡は柿好き?」と聞いてきた。あたしが「好きやで」と答えるとさらに「鹿渡のご両親は好き?」と聞く。あたしは意味がわからず「おかあちゃんはめっちゃ好きやで。お父ちゃんはあんまり食べへんけど」と答えた。その返事を聞いてひなちゃんが安堵した表情をしてあたしに言う。
「実は昨日お隣さんから柿をたくさんもらってな。うちでは消費しきられへんからどうしようか迷っててん。鹿渡のうちが柿好きならもらってくれへんかな?」
「え、もらってええのん? もらえるんやったら嬉しいけど」
「もらい物のおすそ分けやから申し訳ないけどな。さすがにうちのマンションの人におすそ分けするわけにもいかんやろ」
「そらそうやな。それなら遠慮なくいただくわ」
「助かるわ~。もうジャムにするくらいしかないと思ってたから、母さんも喜ぶわ」
「そんなにもらったん?」
「引くくらいもらったわ。それなら今日はおりいぶ公園やなくてうちの前まで来てくれる? すぐに持ってくるから」
「わかった。ひなちゃんちの前で待ってるわ」
そう答えるとひなちゃんは嬉しそうな顔をしたのがめっちゃかわいかったのであたしは思わずぎゅってしたくなった。

 でんでん坂を下りいつもは信号を渡ってウイングスの方に行くけど、今日は左折して旭精工、西支所の前を通り西支所の裏手にあるひなちゃんのマンションに行った。
「すぐ持ってくるからちょっと待っててな」
「ほんならあたし、そこの公園で待ってるわ」
「ホンマすぐ持ってくるから」とひなちゃんは慌ててマンションに入って行った。しばらくするとひなちゃんが両手にいっぱいの柿が入ったビニール袋を持って戻ってきてベンチに座っているあたしの横に座り袋の中身を見せた。そこにはおいしそうな大きな柿が入っていた。
「これ、和歌山の九度山(くどやま)富有(ふゆう)柿」
「こんなにたくさんくれるん?」
「だから引くほどもらったって言ったやろ」
「しかもあたしが普段たべてる柿よりはるかに立派やで。おかあちゃん、めっちゃ喜びそうやけど、ホンマこんなにもらってええの?」
「なんかな、うちのお隣さん。数年前に引っ越してきたんやけど、親戚が九度山で柿農家してるみたいやねん。それで市場に出せない規格外の柿ってどうしても出るやろ。それをもらいに車で九度山まで行ってカゴ一杯にもらってきたんやって」
「あー、それでこんなたくさんなんや」
「重いから俺、鹿渡のうちまで持って行くわ」
「もらっておいて、それは悪いよ」
「そんなん気にせんとって。俺かって一応男なんやから」
「なら重うなったら言って。あたしが持つから」
「それは大丈夫や」とひなちゃんは言いあたしのうちの方へと歩き出した。途中数回あたしが柿の袋を1つ持ったけどずっしりしていて重量感があり、これはかなり高価な柿だと思った。それでもひなちゃんは苦しい顔もせずに普段通りにかわいい笑顔であたしとおしゃべりをしてくれた。うちに着くとひなちゃんは部屋の前まで持って行くわと言うので、あたしはオートロックを開けて中に入ってもらう。部屋の鍵を開けるとひなちゃんは柿を玄関に置いて「それじゃあ、俺はこれで帰るわ」と言った。あたしはありがとうなと言ってひなちゃんを見送って袋を2つ持つと相当重かった。この重さ、ひなちゃんの手は大丈夫やったんかな。ひなちゃん無理してたんと違うかなぁと思った。

 夕食の準備をしているとおかあちゃんが帰ってきて、柿の袋を見て「弘子、これどうしたん?」と聞いてきたので「ひなちゃんからもらった。九度山の富有柿やって」と答えた。するとおかあちゃんは「こんなにたくさん! 弘子、九度山の富有柿って1個数百円する高級柿やで」と言ったのであたしは予想以上の値段に驚いた。
「そんなにするんや! なんか規格外の柿を引くほどもらったからおすそ分けって言ってたけど」
「こんなん、絶対ひなちゃんにお礼せんなあかんやん」と言いながらおかあちゃんは柿の数を数えて「20個もあるやん。弘子、ひなちゃんちの電話番号は?」と聞くのであたしは知らんって答えた。実際に知らないし。ひなちゃんスマホ持ってないし。「Skypeは?」と食い下がるおかあちゃんに「そこまでしたら逆に迷惑や」と言った。だけどほんとはひなちゃんのお母さんにあたしの存在がバレないようにって思っていた。ひなちゃんのお母さん、ひなちゃんに女の子を近づけさせないっていうしね。
「また今度、ひなちゃんをうちに呼びなさい。なんかお礼するから」とか言いながらも、おかあちゃんは自分が普段は絶対買わない大好きな高級柿を見てニヤニヤが止まらないようだった。
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