第91話 深夜の散歩

文字数 2,153文字

 西野君があたしと佐藤さんを見て「送っていくわ」と言った。でもここから1番近いのは西野くんちだよねとあたしが言うと「こんな深夜に女の子を1人で帰らせるわけないやろ」ときつく言った。ひなちゃんも「俺も一緒に送っていくから」とその言葉に続いた。すると前川君が「また俺だけ仲間外れ? 俺も一緒に送ってく」と駄々をこねたので、西野君は呆れ気味に「好きにしろ」と突き放した。
「またあの混雑してる道は嫌やろ。ちょっと遠回りになるけど道を1本外すな」
「そうしてもらえるとあたしはありがたいわ」
「…わ、わ、私も、こ、こ、混雑は、さ、さ、避けたい」
「鳳小の裏の道になるから、混雑はしてへんと思うよ」
そう言うと西野君は歩き出した。そのあとをあたしたちも歩きだす。
「それにしても祭りのときと違って東鳥居も人多いな」
「それはウイングスと鳳自動車学校が臨時駐車場になってるからや。あそこからやと東鳥居の方が近いやろ」とひなちゃんが答え、あたしたちは大鳥大社の壁沿いの少し狭い歩道を西野君が先頭に立って佐藤さん、前川君、あたし、ひなちゃんって順番に並んで無言で歩き出す。しばらく歩いていると左側に大鳥居が見えてきた。相変わらずひとがあふれている。
「この歩道、横断防止柵あるから女の子は乗り越えるのはしんどいやろう。一瞬やけど我慢してな」と西野君は言って、大鳥居の前に出た。あたしはひなちゃんの右手を握り、佐藤さんは西野君の黒いダウンジャケットの左袖をつかんだ。混雑に入るとすぐに右折して人ごみからの離脱はうまくいった。佐藤さんはすぐ西野君の袖から手を離したけど、あたしはしばらくひなちゃんの手を離さなかった。少し歩いて1本違う道に入れば、あの喧騒が嘘のような深夜の住宅街になっていた。こんな道もあるんやねとあたしが言うと西野君はまあなと答えた。それからあたしはひなちゃんと佐藤さんで「ホンマ人多かったね」とかいつものたわいのない会話を始めた。だけど前川君が佐藤さんに話しかけようと会話に割り込んでくるのがちょっと鬱陶しかった。鳳小の裏門を過ぎたところで西野君が「前川、お前の家この辺やろ。もう帰れ」と言ったのに、前川君は「なにいってるねん西野、俺も女の子たちを送っていくのが当然やろ~」と聞かなかった。
「本来やったら西野が鹿渡さんとひなちゃん送っていって、俺が佐藤さん送っていくのが合理的なはずやろ」
「そんな危険なこと出来へんわ」
「何言ってるねん、西野。俺かって佐藤さんを守ってちゃんと家まで送り届けるちゅうねん!」
「いや、お前が1番危険や」と西野君とひなちゃんが同時にツッコミを入れたのに、前川君は無視してあたしたちについてきた。しばらく歩くと鳳駅の北口が見えてきて、階段をのぼり東口に出る。そして南小に向かって歩き出す。西野君は黙って、あたしたちは日常のおしゃべりをしながら、そして前川君は佐藤さんと話そうと必死になっている。いつもの通学路の交差点を越えて南小も越えて酒のやまもとのところの交差点を左折したらすぐに佐藤さんのマンションに着いた。
「わ、わ、私、こ、ここだから」と言うとひなちゃんは「2年参りは大変やったけど、帰りはなんか夜のピクニックみたいで楽しかったな」と佐藤さんに微笑む。「た、た、楽しかった。…みんな、あ、あ、ありがとう」
「よいお年を」とみんなで挨拶したら、佐藤さんは笑顔で頭を下げてマンションに向かって行った。
すると「佐藤さんも送ったし、俺も帰るわ」と前川君が言いだした。
「前川お前、佐藤の家を知りたかっただけちゃうか?」
「違うで。俺のノルマは達成されたんや。任務完了。あとは西野、任せたぞ」
そう言うと前川君は来た道を颯爽(さっそう)と引き返していった。
「前川君、露骨やね。佐藤さん狙いなんや」
「だから、あいつには任されへんかったんや。いいやつなんやけどな」と西野君は言う。
「いや、あいつはただのアホや」とひなちゃんが容赦ないことを言う。あたしは少し笑った。
「次は鹿渡の家やな。俺、南町は全然わからんからナビしてな」
「わかった」とあたしは西野君に答えて、まっすぐ歩きだす。前川君には悪いけどこの3人だと居心地がすごくいい。突き当りを左折して「ここ長承寺のだんじり小屋」と紹介するとすぐに右折して「こっからあたしの小学生時代の通学路やった道になるわ」といい深夜の点滅信号の30号線を渡り住宅街へと入って行く。ひなちゃんと西野君は興味津々に辺りを見渡しながら、あたしの小学生の頃の話を聞いて来る。普段は寝ている深夜ということもあってか、あたしはテンションが上がりものすごく楽しくなっている。そんな会話をしているとあっという間にフローラ南館に着いた。まだ2人と別れたくないなって気持ちであたしはいっぱいになる。だけど家の前に着いたのでもう別れないといけない。2人は「よいお年を」と言って手を振り歩き出す。あたしも「よいお年を」と返して手を振る。そしてなんだか寂しい気持ちでエントランスに入って行った。すると後ろからひなちゃんが鹿渡って声をかけてきた。走って戻って来たのかな。
「一つ言い忘れたことがあったわ。残りの冬休みも会おうな」
あたしは笑顔になって「うん」と答えた。さっきまでの寂しい気持ちは嘘みたいに一気になくなっていた。
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