第44話 仕事とクレーム

文字数 1,690文字

 今日もひなちゃんと午前中に会う約束をして、あたしはおりいぶ公園に行く。ひなちゃんはまだ来ていない。今日はあたしの勝ちだと訳の分からないことを考えているとひなちゃんが来た。「ごめん、ちょっと遅れたー」とひなちゃんが言うから「べつにええよ」とあたしは笑う。するとひなちゃんはあたしの左に座り「今日も暑いな」と言った。
「そや、鹿渡。これ、塩分補給の飴」
「ありがとう、ひなちゃん」
「水分補給だけやとあかんからな」
「この塩飴、お父ちゃんがよく持って帰ってくる飴や」
「会社で配ってるん?」
「そうやで。お父ちゃんの会社は熱中症対策しっかりしてるから」
「そやな。こんだけ暑いと水分補給だけやと間に合わんな。ミネラルも必要や」
「うん、あたしもそう思って今年の夏は伊藤園のミネラル麦茶にしてるわ」
「新太と同じやな」
「そうやな。この水筒の中身も麦茶やねん」と言ってあたしは水筒をひなちゃんに見せる。
「ホンマに今年は暑いから鹿渡のお父さんにくれぐれも気を付けるように言っといてな」
「お父ちゃん、ひなちゃんにそんなこと言われたら泣くで」
「えっ、なんで?」
「お父ちゃん、ひなちゃんのファンやねん」
「ファンってなんやねん…。まあええけど。塩飴舐めて水分補給はこまめにって言っといてや、ホンマ熱中症は怖いから」
「わかった。伝えとく。でもな、飴舐めて仕事してたら会社にクレームが来ることがあるらしいねん」
「なんやそれ。なんでクレームになるん? 冷房の効いた室内の接客業でもないのに」
「それがな、なんも関係ない通行人が現場の作業員たちが飴舐めながら仕事してたとかわざわざ会社調べて電話入れることもあるらしいわ」
「訳わからんな、そんなやつ。鹿渡のお父さんはみんなのインフラを守るために働いてるんやぞ」
「そやねんな~。お父ちゃん、頑張って働いているのに会社に戻ったら事務員さんからこんなクレーム来たって言われたら精神的にすごく疲れるって言ってたわ」
「そらそうやろ。この炎天下の中で働いてるのに、そんな理不尽なクレーム来たら俺でも腹立つわ」とひなちゃんは本気で怒っていた。こんなひなちゃんをお父ちゃんが見たらきっと号泣するやろなぁと思いながらあたしはひなちゃんに聞く。
「ひなちゃんのご両親も結構しんどい仕事違うん?」
「そやな、父さんは学生のアンケートが怖いって言ってたわ」
「大学は学生にアンケートなんかするんや」
「まあ、義務教育ちゃうからな。ゆってみたら俺らが学校の先生の評価付けるみたいな感じになるねんな」
「それは先生にしたらめっちゃ怖いなぁ」
「基本、大学って自由やから授業に出るのも出ないのも学生の責任なんやけど、自分は授業に出ているから出ていない人より点数をあげろってのは昔からいたらしいけどな」
「そうなんや。あたしからしたら授業に出るのが当たり前やけどな。でもさすがにそんな発想はなかったわ」
「授業に出てなくてテストの点数いいやつと出てて点数悪いやつなら出てないやつの方が評価高いやん。出てるやつは授業受けておいて何勉強してたんってなるやん、普通」
「大学ってそんなところなんや。あたしには無理やな」
「でもな父さんが一番困ったのが、授業で自分の知らないことを言っていたってクレームが来たことやな。知らんことを学ぶから大学に勉強しに来てるんやろって」
「それは困るなぁ。そんなん言ってたらあたし学校行かれへんやん。あたしなんか知らんことだらけやわ」
「最近の子はなんでも先に結果見るやん。YouTubeとかでもさ。それが影響あるんちゃうかなって父さんは言ってたわ」
「あたしは無理や。先に結果知ってたら完全に興味なくすわ」
「それが普通の感覚やと俺も思うぞ」とひなちゃんはあたしの顔を微笑みながら見つめた。あたしはひなちゃんにそうやねと返事して微笑み返す。こんなかわいい表情をあたしだけに見せてくれるひなちゃんが大好き。でもこれから先のあたしとひなちゃんの結果を知ってしまったら、あたしはこんなにひなちゃんのことが大好きでいられるのかなって思った。そう考えるとあたしは今だけはひなちゃんと絶対離れたくないと強く強く決意した。
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