第１２話　連絡先

　西野君のキレた後の授業は異様な感じだった。クラス全体が落ち着いているような、それでいてざわついているような雰囲気で授業内容が一切頭に入ってこない。あたしはまだ落ち着かない心を無理やり落ち着いたふりをして無心にノートをとっていた。元から頭の良くないあたしは普段から分からないところは頭の良いひなちゃんに聞いていたけど、それさえもできないくらいにあたしの心はざわついていた。いつも物静かで温厚な西野君はなんであんなにキレたんだろう？　あたしもやりすぎだと怒っていたけど、あの西野君の怒り方はさすがにちょっと怖かった。ひなちゃん一家が西野君の恩人だから？　確かに1年のときに前田さんから聞いた事情を考えれば、西野君がひなちゃんを大切にするのはよくわかる。それに西野君が言っていた「愛さんとの約束」って何だろう？　そんなことを考えているといつの間にか6時間目の授業は終わって、掃除の時間になっていた。今日のあたしの担当は女子トイレ。教室のひなちゃんとは別れる。いつも１軍の男女ともに掃除はさぼる。
「今日、トイレ掃除当番やわ。嫌やな」とひなちゃんに話しかける。
「誰かがせんとあかんからなぁ。それにしてもここのトイレ古すぎるねん。新しくしてくれへんかな？」と笑ったので、あたしはいつものかわいいひなちゃんやと思い「そやな～」と答えて教室を出た。西野君は黙々と机を後ろに運んでいた。

　ショートホームルームも終わり、さて帰ろうかとリュックにノートなんかを詰めていると「西野、練習行こうぜ」と同じクラスの野球部の前川君が西野君に声をかけていた。すると西野君は「ごめん、今日は練習休むわ」と答え「そうか」と前川君は呟いて「まあ、そんな日もあるやろ、明日から頑張ろうぜ」と言って笑って西野君から離れて行った。すると西野君は急に立ち上がり、スマホをもってあたしのところに来た。
「鹿渡、LINE教えてくれない？」と女子とはLINEしないことで有名な西野君があたしに言ってきた。「別にいいけど」とあたしはスマホを取り出す。その様子を見て清水亜季がずっとあたしを睨んで見ていた。
「ひなちゃん、スマホ持っていないやろ。なんかあったときに鹿渡に連絡取れたら安心する」とQRコードを見せる。あたしはそれを読み取って西野君にQRコードを見せた。確かにひなちゃんに他愛のないこと話したいなぁと思っても、ひなちゃんと連絡取れないので不便だなぁと思っていたけど、西野君と連絡取れてもなぁ。すると「パソコンのメールだったらひなちゃんの連絡先を教えるから」とあたしの心を見透かしたように西野君は言った。「hinata1225＠….ne.jp」と言って私はあわててアドレス帳に登録する。「鹿渡のメールアドレスは？」と聞くので「LINEしか使わないのでわからん」と答えると「貸して」とあたしのスマホを西野君は取り上げ「鹿渡、誕生日は？」と聞くので「4月10日」と言った。西野君はスマホを触り「設定したから。アドレスはhiroko0410＠….ne.jpでいいやろ」とスマホをあたしに返してきた。
「ひなちゃん、これでいいやろ」ととなりにいるひなちゃんに聞いた。ひなちゃんは首を縦に振った。何だか小動物みたいでかわいかった。
「俺、悪いけど、先帰るわ。鹿渡、後は頼んだで」と言うと西野君は一人で帰って行った。クラスで一番モテる男の子とLINE交換したので、周りの女子の視線が痛かった。

　その夜、西野君からLINEがあった。「今日は悪かった、ひなちゃんのことを頼むわ」って。あたしは「大丈夫だよ。だけどひなちゃんのこと頼むわってどういう意味？」と返信するとすぐに返信が来た。「愛さんにひなちゃんに変な女が付かないようにって頼まれていた。でも俺一人で出来なかった」「私も変な女だよ」「鹿渡は特別。ひなちゃんとも仲いいし」とやり取りがあって、西野君あたしのこと信用してくれているんだと嬉しくなった。するとピコンって鳴ってLINEを開けてみると前田さんからだった。「今日、バレー部で清水めっちゃ荒れていたけど何かあった？」「ひなちゃんをイジッて西野君がめっちゃ怒った」「ああ、清水って西野のこと好きそうやもんな」と返信が来たので、あたしは驚いた。なんで西野君が好きなのにひなちゃんにちょっかい出したのだろうと。「鹿渡、西野と何かあった？」「西野君にLINE教えて欲しいって言われた」「それでかー。清水がくそでかバカ女とか言ってたの」「でもあの西野が女の子とLINE交換って意外やわ」「あるんじゃないの、脈」って連続で来たから「ひなちゃんに変な女が付かんように見張り頼まれた」と返した。「西野のひなちゃん愛はすごいからな」「まあ、いろいろ気を付けてや」でその日のLINEは終わった。