第46話 新太の誕生日

文字数 2,087文字

 愛さんから数日前に「新太君は何が食べたい?」とLINEで連絡があり、俺は自分ではすっかり忘れていたことに気が付いた。もうこの時期か。俺の誕生日。毎年、ひなちゃんちで開催されるこのイベントには親父も参加する。盆も正月も関係のない仕事をしている親父が俺のために無理をして休みをつてくれる唯一の日。それもこれも愛さんのおかげだ。「年に1度なんだから、仕事は休んで我が子の成長を祝おう」と親父にきつく言い、親父もこの日だけは必ず休みを取ってくれる。「子供と一緒にお祝いできるのなんて、長くて中学生までなんだから」と愛さんが言ってくれて、親父も納得して俺の誕生日を祝ってくれる。小学生の頃の俺は親父とひなちゃん一家全員そろって俺の誕生日を一緒に祝ってくれるのが純粋に嬉しくて堪らなかった。でも最近は何だか申し訳ない気持ちが勝ってしまう。またひなちゃんのうちに迷惑をかけている。そんな気がしてしまう。親父が毎年恐縮してしまう態度が俺にもわかってきた。それでも俺を毎年ごちそうで祝ってくれる愛さんには感謝している。だから俺は素直に「お肉が食べたいです」と返信した。

 誕生日前日は野球部の練習試合が組まれていて、鴨谷(かもたに)球場まで自転車でまた泉北高速鉄道の光明池(こうみょういけ)駅まで行かなくてはいけなかった。しかしその日は天気が悪く、当日練習試合は中止になり学校での練習に変わった。自転車で片道1時間の行程は本当にきつくて嫌で、俺はほっとして明日は練習を休むと顧問の上田に伝えた。上田も俺の家庭事情を知っているので「わかった」としか言わずに理由を聞かなかった。明日はひなちゃんちで誕生日会だ。何だか悪いなと思いながらも、本当は素直に楽しみにしている自分がいる。

 夜、親父と二人でひなちゃんちまで黙って歩いて行く。親父は俺に「野球部は楽しいか?」とだけ聞いて、俺は「楽しいよ」と答えた。特に会話はないけど、こうして親父と二人でいることは俺にとっては地味に嬉しいことだ。そして愛さんから言われた到着5分前の連絡も忘れない。ひなちゃんのうちについて俺たちを迎えてくれたひなちゃんは「新太、誕生日おめでとう!」と俺に抱き着いた。男に抱き着かれるのは嫌だけど、ひなちゃんは特別だ。何だか最近ひなちゃんのスキンシップの仕方が鹿渡に似てきたなと思いながらも「ありがとうひなちゃん」と頭を下げる。哲也さんがあとから俺たちを迎えてくれて親父は「今年もありがとうございます」と頭を下げた。「とにかく上がってください」と言う哲也さんに「失礼します」と俺たちは言い、手の消毒をしてリビングに向かう。テーブルの上には文字通りのごちそうが並べられていた。俺は思わずのどが鳴る。
「ねえ、新太。今年は特別だよ。新太、野球部でレギュラー取ったお祝いも兼ねているからね」とひなちゃんが俺を席に案内する。4人掛けのテーブルにひなちゃんだけが折り畳みの簡易椅子を使っている。申し訳ないなと思っていたらキッチンの方から愛さんが「新太君、もうすぐ焼けるから」と言い肉の焼けるいい匂いがした。席に座った俺たち親子にひなちゃんがペットボトルの麦茶を俺に、哲也さんが親父にキンキンに冷えた缶ビールを渡す。「どうせもっと飲むんだし、缶のままでいいですか? 慎一さん」と哲也さんは親父に言う。親父はありがとうございますと哲也さんに何度も頭を下げた。すると愛さんが焼きたての大きなステーキを俺のもとに運んできてくれた。「この肉って高くないですか?」と思わず俺は聞いてしまう。「アンガスビーフだからそんないいやつじゃないけど、これは新太君へのプレゼント」と言い、ひなちゃんがナイフとフォークを運んできてくれた。それからみんなで乾杯して、食事を食べ始めた。俺一人だけのステーキがとてもおいしくてご飯がいつも以上に進む。親父たちはビールを飲みながら何か楽しげに話している。ひなちゃんは「新太~、ステーキ美味しい?」と聞いてくるので「めっちゃおいしい。ひなちゃんも食べる?」「わたしそんな肉肉しいのは苦手」とサラダを食べ始めた。親父は缶ビールを何本か開け、哲也さん愛さんは焼酎を飲んでいる。親父のこんなに楽しそうな顔を見ると俺はすごく嬉しくなる。いつも疲れてた顔をしている親父もこんなに笑えるんだと。そして夜は更けていった。俺たちの帰り際に缶ビールを何本も入れたビニール袋を哲也さんは親父に渡し「これ重いけど持って帰ってください」と言った。「こんなには…」と言う親父に「仕事柄、お中元でよくもらうんですけど、私ら焼酎の方が好きで」と言って無理やり親父の手に持たせた。「何から何まで本当にありがとうございます」って親父は言うけど、哲也さんは「また来てください」と当たり前かのように相手にしなかった。

 帰り道に親父を見たら、静かに泣いていた。どうしたと親父に聞くと親父は「山田さんがいなかったら、俺たち親子はどうなっていたのかと思うと嬉しくてな。悪い新太、かなり酔ってるわ」と答えた。俺もつくづくそう思う。だからこそ俺はひなちゃんを守っていかなければならないと思いを強くした。
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