第86話 弘子と塾

文字数 1,396文字

 家族で夜ご飯を食べているとお父ちゃんが急にこんなことを言ってきた。
「弘子ももう中3になるから塾に行かへんか?」
「あたしは行く気ないよ」
「弘子もひなちゃんのおかげで成績が上がってきているのは知ってるんや。だから塾に行ってもっと勉強してほしいねん」
「あたしはホント行く気ないよ。あたしが塾行ったら家事は誰がするん?」
「それはかあちゃんと父ちゃんがやるよ。かあちゃんも弘子に塾行って欲しいねん」
「いややで、あたし塾なんて」と答えるとお父ちゃんが言った。
「弘子、現実問題父ちゃんらみたいに大学って名前だけの大学にしか行かれへんレベルの低い高校ではなくて、弘子にはちゃんとした高校、大学に行って欲しいねん、親としてはな」
「あたしはお父ちゃんやおかあちゃんみたいに高校卒業して就職みたいなことしか考えてないねん。だからそんな無駄な出費はいらん」
「弘子、そんなに自分の可能性を狭めないで、もっと挑戦したらええやん。そのためにかあちゃん働いてるんやで」
「そやで、弘子。父ちゃんも弘子には大学に行って欲しいんや」
「でもあたしアホやし…」
「お金の心配はせんどって。それくらい貯めてるから」
「そやで弘子。父ちゃんたちは高卒のアホやけど、弘子にはそんな思いさせたくないねん。大学はもちろん、塾くらい問題ないわ」
「そんなん言われても、あたし嫌やわ。お父ちゃんたちの堺上(さかいかみ)高校クラスで十分やねん」
そう言うとお父ちゃんがしばらく間をおいて話し始めた。
「弘子は高卒と大卒の生涯賃金の差って知ってるか?」
「そんなん知らんわ」
「6000万くらいあるそうやで。職場の人に聞いた話やと」
「そんなん知らんわ!」とあたしは感情的になる。するとおかあちゃんが宥めるように言う。
「弘子、そんなに熱くならんといて。これはかあちゃんと父ちゃんが後悔していることやねん。なんであの時もっと頑張れなかったのかなって。弘子の年で頑張るのとかあちゃんや父ちゃんの年で頑張るのは全然違うんやよ。若い方が頑張れるんや。だから弘子にもかあちゃんたちと同じ道を歩ませたくないんよ」
するとお父ちゃんも続けて言う。
「父ちゃん、働きだして感じたんやけど…。高卒では大卒の人のレベルの高い話では話題が全く合わないねん。合ったとしても相手が父ちゃんにレベルを落として合わせてくれているだけや。相手は決して見下したりしてないけど、父ちゃんそれが悔しくてな。弘子にはそんな思いさせたくないんや」
「そやで、弘子。かあちゃんのパート先でもそうなんやで。たまにアホの人が頭のええ人に歯向かっているけど、かあちゃんでも意味わからん理屈や。相手にならへん。大学は出ていたほうがええ」
「ひなちゃんのお父さんが大学教授やからたまに大学の話聞くけど、誰でも入れるやる気ない大学に入るってそんなんに価値あるん? それやったら高卒で働いた方がよっぽどいいやん。だいたいお父ちゃんとおかあちゃんは大学に幻想抱きすぎ。自分が行ってないからって」とあたしはだんだんヒートアップして、完全に怒って途中で食卓を離れて自分の部屋に閉じこもった。そんなに大学が大切なん? あたしは怒りに任せて枕を何度もたたく。あたしの行きたい道くらいあたしで決めさせてよと憤りながら、再度お父ちゃんおかあちゃんに立腹する。あたしに強制するなと憤りながらも、一方で学校のみんなもこんな感じになるのかなと冷静に思える自分もいた。
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