第84話 新太とグローブ

文字数 1,363文字

 いま俺が使っているグローブは哲也さんから譲り受けたものだ。俺が哲也さんに中学では野球部に入るつもりだと言うと「野球部で子供用グローブやったらきついからこれをあげるわ」と何のためらいもなく俺にくれた。哲也さんが言うには2001年に近鉄バファローズがリーグ優勝をしたときに勢いで買ってしまった、ミズノのビューリーグシリーズの黒の内野手用のグローブだ。初めは使わずに手入れだけしていた観賞用だったそうだけど、ひなちゃんが生まれキャッチボールをするようになったらしい。それからひなちゃんと俺が知り合い、たまに哲也さんが俺たちのキャッチボールに参加するたび、俺はひそかに「哲也さんのグローブかっこいいな」とずっと思っていた。
「ホントにもらっていいんですか?」
「もう20年も前のグローブやけど手入れはしっかりやっているから十分使えるで。中古で悪いけど、これが僕からの進学祝い。グロースもつけておくから手入れはしっかりしてや。そしたら新太君が大人になっても使えるグローブに育つから」
「ありがとうございます」
俺は感謝して哲也さんからグローブとグロースを受け取りただひたすら頭を下げる。すると哲也さんは俺に言った。
「これでひなたとキャッチボールできなくなるから、新太君がひなたとキャッチボールしてあげてや」
「わかりました。ひなちゃんとは大人になってもキャッチボールします」
「ひなたをよろしくお願いします」と哲也さんは改まって俺にひなちゃんを託してくれた。あれから2年たった今でも、あのときの嬉しさとひなちゃんを俺が守るんだっていう固い気持ちには全く変化がない。

 野球部に入りたまたま内野手用のグローブを持っていた俺はセカンドを希望した。哲也さんのグローブはよく手入れされているだけあって、型も綺麗でポケット部分もしっくりくる。さらにグローブ自体が柔らかくて使いやすい。そんな高性能なグローブで練習を重ねると守備力もめきめきとあがっていった。そして偶然野球部では不人気だったセカンドのポジションのレギュラーを2年で取ることができた。ひなちゃんはめっちゃ喜んでくれたけど、守備力はひなちゃんの方が俺より上で、将来は草野球の同じチームで二遊間を組めたらいいなと思っている。でも俺たちは高校から違う道を歩き出すのは確実で、将来は一体どうなるかはわからない。それは鹿渡も同じだ。あと1年ちょっと。俺たちが一緒でいられる時間は決まっている。

「今度の日曜日、天気もええしあったかい予報なんで、新太キャッチボールしよう」と愛さんのLINEからひなちゃんの連絡があった。俺は愛さんと鹿渡がウイングスで偶然会って、愛さんが俺の報告通りの女の子やと鹿渡のことをえらく気に入っていることを知っているから、愛さんのLINEにわざと「鹿渡も誘っていい?」って返信した。すると明らかに愛さんが「是非誘って」と返信してきたので鹿渡にLINEした。鹿渡は「佐藤さんも誘っていい?」と言ってきたので俺は「いいよ」と連絡を返した。しばらくすると返信があり「佐藤さんも来るって」と届いたので俺は「わかった」と返した。俺は「最近、佐藤さんがめっちゃかわいいねんな~」と言っていた同じクラスの野球部の前川のことを思い出しながら、夜勤で親父のいない部屋の枕元にスマホを置いて電気を消した。
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