第20話 ひなたの右側

文字数 1,541文字

 踏切を越えた交差点を左折すると広い歩道が続いている。あたしたちはおしゃべりしながら鳳駅前のロータリーを越えてファミリーマートの横の一瞬狭くなる歩道に着いた。ここは鳳本通り商店街の出口から駅横の踏切をつなぐ旧熊野街道がずっと続いていて、あたしたちがいつも歩いている道と重なる十字路になっている。ここの信号は常に混んでいる。車も自転車も歩行者も多い危険な箇所。信号を待つあたしは無意識にひなちゃんの右手を握ってあたしに近づける。「危ないよ」と言うとひなちゃんは黙ってあたしに寄り添った。そして信号が青になると手を放してまた広い歩道を二人歩き始めた。するとひなちゃんがあたしに言った。
「なぁ、鹿渡。なんで鹿渡はいつも俺の右側歩くん?」
「えっ、そうやっけ。あんまり意識したことないわ」
「俺右利きやから、右手使いにくくてちょっと不便なんやけど」
「でもいいやん。あたしはひなちゃんの右側の方がしっくりくるし」
「まあ、ええんやけど。なんかいつも右側やから気になってん」
「うーん。日本は左側通行やからひなちゃんを車から守るためかな?」
「それやったら、俺が右側のほうがええやん」
「それはダメ。あたしがひなちゃんを守らないと意味がないねん」
「発想が男やな、新太も同じこと言ってたわ」
「西野君もひなちゃんの右側なの? ひなちゃんの右側はあたしのものやで」とあたしは西野君にちょっと嫉妬したりしする。
「なんやそれ。俺いつから鹿渡のものになったんや」
「前から、そうなの!」とあたしは反論させないぞという姿勢で強く言って、坂道を下る。あたしも知らなかったけどここの坂はでんでん坂というとお父ちゃんから聞いた。なんででんでん坂って名前の由来はお父ちゃんも知らなかった。そんなでんでん坂を下りテニスとゴルフの室内練習場を過ぎると、今度は府道30号線との大きな交差点に出る。そこを渡るとおおとりウイングスに着く。あたしたちはウイングスの敷地内に入り外に面した飲食店街を通って、おりいぶ公園のベンチに向かう。

 いつもの公園に着いたあたしたちはリュックを下ろして、ベンチにゆっくり腰を掛ける。するとひなちゃんが言った。
「ここでも鹿渡は俺の右側に座るんやな」
「ホンマや。気にしてなかったけど言われてみたらいつも右やなぁ」
「これも意識してなかったん?」
「全くの無意識。きっとあたしはひなちゃんの右側が落ち着くんやろな」
「まあ、俺も鹿渡が右にいるのがなんか落ち着くようになってきたからええけど」
そう言うとひなちゃんはリュックから水筒を出して、ジャスミンティーを一口飲んだ。
「新太も言っていたけど、暑くなってきたなぁ。俺も夏用の魔法瓶に変えようかな?」
「ひなちゃんも夏用の水筒持っているの?」
「小学校の頃から使っているで。これと同じ象印のやつ。鹿渡は持っているん?」
「一応あるけど、お父ちゃんが冬場に使っているやつやからあまり使いたくないねん」
「そんなん言ってられへんぞ。熱中症は怖いんやで」
「お父ちゃん外の仕事やから、それはよく言われてるわ」
「あれ、水道屋さんって室内ちゃうの?」
「水道屋さんって言うか水道工事関係やな」
「そうなんや、それは大変な仕事やな。なら水分補給は絶対や。今年は暑くなるって言ってたし」と言ってひなちゃんは水筒をリュックにしまおうとする。それを見たあたしは思わず言ってしまう。
「なあ、ひなちゃん。残ってたらあたしにもジャスミンティー頂戴」
「ええよ」とひなちゃんはあたしに水筒を渡した。
「全部飲んでもええ?」
「かまへんよ」とひなちゃんはかわいい笑顔で答える。
まだこの香りは苦手やけど、あたしもひなちゃんのようにジャスミンティーを飲める女の子になってやると思いながら、残りのジャスミンティーを一気に飲んだ。
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