第136話 お父ちゃんの意気地なし

文字数 2,367文字

 あたしは夕飯を食べるお父ちゃんを見て深くため息をつく。だけどそんなあたしをお父ちゃんは見逃さなかったぞ的に「弘子、いま父ちゃんを見てため息をついたやろ」と怒ってくる。仕方なくあたしは正直に話す。
「今日参考書を買いに行ったときにナンパ男に声かけられてん。ひなちゃんが守ってくれようとしたけど無理やったんや。そんな時、配達中のクロネコヤマトの人が助けてくれてん。お父ちゃんでは絶対無理やろ。お父ちゃん、肝心なところで意気地なしやから」
あたしはもう一度お父ちゃんを見て深くため息をする。
「そんなことないわ。馬鹿にするなよ。父ちゃんかって困ってる女の子くらいは助けるわ」
「どうだかねー」とおかあちゃんがすぐさまツッコミを入れる。
「父ちゃんかって立派な男やぞ。困っている女の子を見たら助けるのが当たり前やろ」
「それがどうだかねーって言うんや」とおかあちゃんが呆れたように言う。
「そういえば弘子、父ちゃんな、かあちゃんと付き合っている高校時代に…」
「あーっ、それは言うな。昔のことや。今では深く反省してるから」
「ふーん、そうだかね。今でも名前出すくせに」
「いや、あれは口が滑って、じゃなくてひなちゃんがあまりもかわいくて」とお父ちゃんは弁明する。あっ、例の上野さんのことやとあたしは思う。だけどあたしからはさすがに聞けない。
「ところで弘子、そのクロネコヤマトの人の名前はわかるの?」
「あたし怖くて動けなかったから、名札までは見てないわ」
「でもひなちゃんはしっかり弘子のこと守ってくれようとしたんや」
「そやな。だからひなちゃんはあたしたちを守れなくて申し訳ないってすごく謝ってた」
「そうなんや。やっぱりひなちゃん、立派なおと…」と言った途端におかあちゃんは口をつぐんだ。するとお父ちゃんが聞く。
「ひなちゃんがどうしたん?」
「いや、べつに。お友達思いなんやなって思って」とおかあちゃんが言うが、おかあちゃん、その言い訳はさすがに苦しいだろとあたしが思ってると、お父ちゃんはおかあちゃんの言葉を真に受けて何故か誇らしげに言う。
「さすがひなちゃんやな。自分を犠牲にまでして弘子や友達まで守ろうとするのは。父ちゃん、ますますひなちゃんのファンになったわ」
何言ってるんだこの能天気オヤジとあたしは思いながら、おかあちゃんの顔を見ると何故だかめっちゃ嬉しそうだ。この両親どうかしてるわと思いつつあたしは食事を終えテーブルを立つ。
「ところで弘子、そのクロネコの人ホンマわからんの?」とおかあちゃんが聞く。
「あたしもかなり怖かったし、顔すら覚えてへんわ」
「それなら調べて、お礼を言うわ」
「かあちゃん、そこまでせんでも」とお父ちゃんは言うが、おかあちゃんは「助けてもらった人にお礼を言う。これくらい常識でしょ」と主張したのであたしたちは何も言えなかった。あたしが食事の後片付けをしている間に、おかあちゃんはパソコンで所管の営業所を確かめていた。

 次の日は雨だった。あたしはひなちゃんと佐藤さんの3人で放課後の教室でおしゃべりしていた。
「参考書はもう始めたか?」
「うん、早速最初の1ページは終わらせたで」
「わ、わ、私も」
「なんか疑問に思ったとことかあった?」
「特になかったわ。ひなちゃんの言う通り初めは簡単な問題から始まるし、解説もあるし」
「わ、わ、わかり、や、やすい、さ、さ、参考書、だ、だと、お、お、思う」
「これから徐々に難易度が上がっていくから、わからんかったら解説読んでや。それでもわからんかったら俺や先生に聞くんやで。青山にはちょっと聞きにくいかもしれんけど、大崎は聞きやすいやろ? それに大崎自身も自分に聞きに来てくれることが嬉しいやろうからな」
「そやな。大崎先生は聞きやすいわ。それなら数学はなるべく大崎先生に聞くようにする。英語はひなちゃん、お願いな」
「わ、わ、私も、そ、そ、そうする」
そんな話をしているとひなちゃんが「そろそろ帰ろうか」と言いだしたので、あたしたちは教室を出た。途中職員室の前で大崎先生と会ったので挨拶すると、突然ひなちゃんが大崎先生に話しかける。
「先生、この2人、昨日数学の参考書を買ったので、わからないとことかあれば先生に聞いてもいいですか?」
「ああ、もちろんええぞ。いくらでも聞きに来てくれ」と大崎先生はなんだか嬉しそうだ。3人で大崎先生に頭を下げ、あたしたちは帰路についた。
「な、言った通りやろ。大崎はなんやかんや言っても自分を頼ってくれる生徒が好きなんや」
「そやな。嬉しそうな顔してたもんな」
「わ、わ、私、た、た、担任が、お、お、大崎先生で、よ、よ、よかった」
今日は雨だからいつもの交差点で3人別々の道に分かれた。

 夕飯の支度をしているとおかあちゃんが帰ってきてあたしに言う。
「弘子、昨日のヤマトの配達員の人、井上さんって言うんやって」
「そこまで調べたん?」
「昼休みにヤマトの営業所に電話して聞いたわ。ちゃんとお礼言っといたから」
「本人に?」
「いや、今日は休みやった。だから、ヤマトの本社にお礼のメッセージを送っといたわ」
「えっ、本社? 少し大げさちゃう?」
「こういう感謝のメールは普通けえへんからな。本来クレームばかりやから本人にもちゃんと届くやろ」
「ありがとう、おかあちゃん」
「井上さんに引き換え、うちの父ちゃんはホンマ意気地なしやから。あんな大きな身体しておきながらいざというときには固まって動かれへんようになるねんな」
「それ、わかる。お父ちゃんホンマに意気地なしやからな~」
「そうそう、意気地なし」とおかあちゃんと2人顔を合わせてあたしはケタケタ笑った。井上さんもかっこよかったけど、でもなぜかあのときのひなちゃんもかっこよかったなと思ってしまう自分もいる。あたしはホンマどうしてしまったんやろう? と不安になる。
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