第149話 勉強会(弘子の家)

文字数 2,589文字

 先にうちに着いたのは佐藤さんだった。あたしはインターフォン越しに「佐藤さん、あがって」とオートロックを開ける。しばらくすると部屋のインターフォンが鳴り、佐藤さんがやって来た。
「暑かったやろ。早く入って。クーラー付けてるから」
「じ、じ、自転車、い、い、入り口の、よ、よ、横の、と、と、ところでよかった、の、の、のかな?」
「うん。あそこで問題ないよ。でもちょっと狭いやろ、うちの駐輪所」
「た、た、確かに」と佐藤さんは手を消毒しながらうちに上がり、あたしの招待で部屋に入る。
「す、す、涼しい」とクーラーの風にあたる。
「ひ、ひ、ひなちゃんは、ま、ま、まだ、き、き、来てないの?」
「うちから歩いて来るって言ってたから、遅くなるんと違う。でもひなちゃんは遅刻したことないで。いつも約束の時間の前に来るから」
そうこう言ってるとインターフォンが鳴った。ひなちゃんだった。あたしはすぐにオートロックを開けてひなちゃんにうちまで上ってきてもらう。部屋のインターフォンが鳴ったのであたしは佐藤さんを残して速攻でドアを開ける。
「今日も暑いな」とひなちゃんは手を消毒しながらあたしに話す。
「ホンマ暑いな。佐藤さんはもう来てるで。あたしの部屋で涼んでるところや」
「そうなん、俺遅れた?」
「遅れてへんよ。ひなちゃんはいつも約束の時間前に来るから」
「それなら良かったわ」と答えるひなちゃんをあたしの部屋に入れる。そこではあたしが佐藤さんに言った通りにクーラーの風が1番当たるベッドに腰かけていた。
「暑いな、佐藤」とひなちゃんが佐藤さんに声をかけ佐藤さんの真横に座る。確かに教えたのはあたしだけどってちょっとむく~って不機嫌になった。佐藤さんは恥ずかしそうな顔をして下を向いて「あ、あ、暑いね」と答えていた。その姿を見て何だかイラってしてあたしは佐藤さんに聞く。
「佐藤さんはジャスミンティー飲んだことないやろ? 午後の紅茶の無糖とミルクティーとレモンティー用意してるねんけど、どれがええかな?」と聞く。佐藤さんはそれならミルクティーをくださいと答え、あたしはマウントを取るようにひなちゃんに「ひなちゃんはいつものジャスミンティーでええよな?」と当たり前のことを聞いた。「ああ、ジャスミンティーで」とひなちゃんが答えるので、あたしは何故か勝ったと思って台所へ行く。帰ってくると佐藤さんに2人分のアマゾンで箱買いしたジャスミンティーのペットボトルを見せつけるように折り畳みのテーブルの上に置く。するとひなちゃんは「佐藤、足崩してもええからな」とスカートの佐藤さんに気を遣う。そんなひなちゃんの態度にムカッとしたあたしは「佐藤さん、座布団いる?」と聞いた。「あ、あ、あれば、嬉しい」と答える佐藤さんにまた勝ったって優越感に浸りながら「そう言えば、昨日の夜にゴーヤーのサラダ作ってん。食べる?」と言うとひなちゃんが乗り気で食べると言ってきたので、再びあたしは台所に向かい冷蔵庫からボールに入ったゴーヤのサラダを取り出す。きっと佐藤さんには苦いやろなと思う。今夜お父ちゃんに出すつもりやったのにホンマごめんなと思いながらも小鉢に3人分取り分けた。
「佐藤さん、苦いの苦手やったら残してええから」とテーブルの上に小鉢を並べる。
「鹿渡、これってどうやって作ってるん?」
「簡単やで、ゴーヤを薄切りにして塩水につけて、ツナ缶の油をそこそこ切ったやつとマヨネーズで和えるだけや」
「これはうまいわ。これも鹿渡のオリジナル?」
「そうやな」
「わ、わ、私も、す、す、すごく美味しいと、お、お、思う」
そんな佐藤さんの言葉を聞いて今回は引き分けかと思う自分がいて、なんだか不思議な気分になった。みんなが食べ終わった後、勉強会が始まった。

 ひなちゃんは自分の勉強をすることはなく、ほぼあたしたちの家庭教師だった。あたしも参考書のわからない問題はひなちゃんに聞こうと残していたし、佐藤さんも同じ考えだった。英語の問題でわからないところをひなちゃんに聞くけど、ひなちゃんは「2人とも比較級のところでだいぶつまずいてるな」と言いあたしに「鹿渡、中2のときの英語の教科書残してるか?」と聞くので「一応残してる」と答えると「それ出してくれんかな?」と言い、あたしは本棚から教科書を出した。
「この問題はな、えーと、あった、ここの発展問題みたいなもんやねんな。じゃあ、ここから学び直そうか」
「あ~ここ、あたしよく分からへんかったところや」
「わ、わ、私も、わ、わ、分かってない」
「そやろ。そうやって英文法の基礎を徹底的につぶして自分のものにするのが受験英語の基礎やから」
そう言うひなちゃんに比較級について1から説明してもらう。授業では聞けないことも気軽にバンバン聞けてあたしたちは比較級を徐々に理解していった。ひなちゃんは教科書にも参考書にもない即興の簡単な問題から徐々に難易度をあげた問題を出していって、比較級の基礎を理解したあたしたちはなぜそうなるのかまで完全に理解して、解説を読んでも理解できなかった参考書の問題を理解できるようになった。ひなちゃん、教えるのうますぎるよ。学校と違って授業が楽しすぎるから、すぐに時間は過ぎていった。するとひなちゃんのBABY―Gが鳴った。
「これで、3時間終わり。あまりにも集中し過ぎたら早いって感じるけど、これを自分の家でもやれるようにしてや。時間で満足するんじゃなくて質。休憩は必ず取りや」
「えー、もう終わり? せっかく調子出てきたのに…」
「鹿渡、時計見ろ。もう5時や。これ以上鹿渡のうちに俺たちがいたら迷惑になる時間や」
「か、か、鹿渡さん、ご、ご、ごめんなさい。わ、わ、私、しゅ、集中しすぎて、じ、じ、時間を、気、気にして、な、な、なかった」
「そろそろお開きにしようか」とひなちゃんが言う。名残惜しいけどひなちゃんを止める訳にはいかない。だって勉強会なのに自分の勉強は一切していないのだから。あたしってひなちゃんの足を引っ張っているのかなと少し自分が嫌になる。

 片づけを終えた2人をエントランスまで送って、ひなちゃんは徒歩なのですぐ別れたけど、自転車の佐藤さんは自転車置き場までついて行き、帰るのを見送った。今日は2勝1敗かなと訳の分からないことを感じながら、あたしは今日もお父ちゃんとおかあちゃんの夕食の準備をする。
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