第112話 4月10日

文字数 2,518文字

 まだクラス替えから3日しかたっていないので、クラスはおとなしかった。前田さんが言っていた明神も堀もおとなしい。でも、なんとなくグループが形成されて来つつある感じだった。1軍女子は石野さんが中心で決まりみたいだ。石野さんは南小のトップ2と言われたくらいかわいい子なんだけど、なんと言うか他人に興味がない。冷たい印象を持たれることが多いけど、他人とかかわることを拒絶はしないので男子には人気はある。あまり人望がなさそうだけど、意外に面倒見がいいところもあってバスケ部のキャプテンになったと前田さんが言っていた。堀もバスケ部なので石野さんと仲良くしている。これで堀の1軍入りは確実だろうなとあたしは思った。

 あたしたちは相変わらず2軍って感じで佐藤さんに前田さんが加わって、そこに南小の同級生の里中と南の2人が参加してきたってみたいになっていた。里中と南は同じ吹奏楽部だったので、山崎と佐竹の話という共通点があり、すんなりあたしたちのグループに溶け込んだ。お弁当をいつもの4人で食べて、ひなちゃんと西野君が席を外したので佐藤さんとおしゃべりしていると里中と南があたしたちの席に寄ってきた。
「鹿渡、中学入ってまた大きくなったんとちゃう?」と里中が言うのであたしは答える。
「1年のときは伸びたけど、2年は伸びてないと思うわ」
「いや、身長やなくて胸や」
「確かに制服の胸のボタン止めるのはきついかな?」
「うらやましいわ。私なんかぺっちゃんこやで」と南が言う。
「あればあると何かと困るんやで、これでも」
「そやな、確かに実生活では邪魔な面もあるな」と里中。
「私ホルン担当やから、鹿渡みたいに大きな胸があると演奏しにくいかも」
「えっ、南ってホルン担当なん? あのウェスティホールで4人演奏した」
「えっ、鹿渡見に来てくれてたんや」と里中と南は驚く。
「ひなちゃんと見に行ったで。後ろの席やったから誰が誰かわからんかったけど」
「ひなちゃんも! それはめっちゃ嬉しいわ」
そんな話をしていたら、ひなちゃんが教室に戻ってきた。
「ひなちゃん、私らの演奏聞きに来てくれたんや」
「ウェスティホールか? めっちゃ良かったで。六甲おろしがなければ」と答えて椅子に座っているあたしの耳元で「帰りちょっと付き合って」と囁いた。あたしは何やろうって思いながらも、ひそかに今日はあたしの誕生日って期待していた。

 授業が終わると西野君は春の大会が近いからとそそくさと練習に行った。あたしたち3人はいつものように一緒に帰る。
「に、に、西野君。が、が、頑張っているね」と佐藤さんが話題を切り出す。
「今年はええとこまで行けそうやねんて、野球部」
「それならあたし、背番号縫ってあげんなアカンな」
「なんか、それ納得できへんねんな~」
「まあ、あたしが言いだしたことやし、その辺は責任持たんな」
「そう言われるとそうやけど、やっぱり俺は納得いかんわ」
「ひ、ひ、ひなちゃん、に、西野君を、お、お、応援してあげないと」
「それもわかってるねん。新太には頑張って欲しいんやけど、なんで鹿渡が背番号縫うんや?」
「それはあたしが言ったからやん。ひなちゃん、堂々巡りしてるで」
それでも何だかすっきりしないひなちゃんの表情を見ているとやっぱりかわいすぎてぎゅってしたくなる。その気持ちを佐藤さんがいるからと押さえて、ひなちゃんのイマイチ納得できない表情を見て笑っている佐藤さんと別れた。
「そうや、鹿渡。今日誕生日やろ。プレゼントあるねん。さすがに学校には持って行かれへんから、うちに寄ってくれる」
「ありがとう、ひなちゃん」とあたしはひなちゃんのうちに寄ることにする。ひなちゃんのうちの前に着くと「母さんも鹿渡に渡したいものがあるんやって。部屋の前まで来てくれへんか」とオートロックのドアを開けひなちゃんの部屋も前までついて行く。するとひなちゃんのお母さんが出てきて「よく来てくれたね、弘子ちゃん。あがっていって」と出迎えてくれた。心の準備ができていないあたしは一瞬躊躇する。ひなちゃんは「母さんが渡したいものがあるって言ったから連れてきただけだからね。渡すもの渡したらわたしたち出ていくよ」と言った。
「それは残念ね~。弘子ちゃん、改めてうちに遊びに来て頂戴ね」
「ありがとうございます」とあたしは答えて、ひなちゃんのお母さん、あたしのことホンマに信用してくれてるんやと嬉しくもなった。すると「お誕生日おめでとう。私からはこれ」と小さな白い袋に大きな赤いリボンで閉じられたプレゼントを渡された。
「本当にありがとうございます」とあたしは頭を下げる。
「弘子ちゃんはとても綺麗やから、これを使って欲しいなと思ったの」
「母さん、やめて。弘子ちゃん行こう」とひなちゃんがあたしの左手をつかんで引っ張っていく。あたしは改めて玄関前にいるひなちゃんのお母さんに頭を下げた。

「ごめんな、あんな母さんで」とひなちゃんがいつものベンチであたしに謝る。
「なんで謝るん。素敵なお母さんやんか」
「いや、まあ、それはええわ。俺からのプレゼントは見てわかっていると思うけど、傘や」
「ありがとう、ひなちゃん。開けてもええかな」
「もちろんや」と言う返答にあたしは傘を広げた。
「これ、すごいええ傘やないの?」
「ブランドもんではないけど、国産の24本骨の傘や。丈夫で実用性もあると思うで。それに紫って鹿渡にすごく似合っていると思うんやけど」
「なんか大人っぽく過ぎへんかな?」
「何言ってるねん。鹿渡にはこれくらいが似合うと思うわ」
「そうかな。ありがとうひなちゃん。大切にするよ」
そんな話をしながらあたしたちはいつものたわいのない話へと変わって行き気がついたらいい時間になっていたので「お母さんにもお礼言っといてな」と言い別れた。

 その日の夜、自分の部屋でリュックからひなちゃんのお母さんから貰ったプレゼントを取り出して袋を開けるとニベアの色付きリップクリームだった。あたしは鏡を見ながら初めての色付きリップクリームを塗ってみた。自分が思っている以上にいい感じだったので、ひなちゃんの傘といい、あたしってこんな大人路線の方が似合うのかなって思わずにやけてしまった。
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