第130話 シシトウの醤油焼き

文字数 1,989文字

 もうすぐ期末テストやなと話しながら、あたしたち4人はお弁当を食べている。昨日の夜はお父ちゃんが「弘子~、ビールのつまみ作って」と言うのであたしは簡単なおつまみを作った。冷蔵庫の野菜室にあったシシトウを全部使ったから思いのほか余って、今日のお弁当にも入れている。もちろんお父ちゃんにも。今頃お父ちゃん、ビール飲みたくて仕方ないやろなと思うと少し笑えた。
「鹿渡どうしたん? 1人で急に笑って」とひなちゃんが聞いてくる。
「実はな、昨日の夜にお父ちゃんがビールのおつまみ作ってって言うから作ってん。でもな、それが余ったからお弁当に入れてやったんや」
「それは酷やな。弁当にビールのおつまみなんて」
「そやろ。だから今頃お父ちゃん、ビール飲みたくてしゃあないんちゃうかと思うとおかしくて」
「鹿渡も結構なオニやな。炎天下で働いてるお父さんになんちゅうことするねん」
「それで、そのおつまみは鹿渡の弁当に入ってるん?」と西野君が横から聞いてきた。
「入ってるよ。このシシトウ」
「1本貰ってもええかな」とひなちゃんと西野君が言う。すると佐藤さんも「わ、わ、私も」と言ってきたのであたしはお弁当箱を差し出し「ええよ、好きなだけ食べて」と答えた。3人のお箸があたしのお弁当箱に伸びる。
「うわ、これはうまいわ。お酒のつまみにはぴったりやわ」とひなちゃんが言う。続いて西野君も感想を言う。
「これかなり美味いやんか。なあ、鹿渡、作り方教えてくれんかな? うちの親父もビール好きやから俺も作ってあげたいねん」
「簡単やで、ただ油を敷いたフライパンでシシトウを焼くだけや。最後に醤油で味付けすれば完成」
「それだけなん?」
「うん、それだけ」
「それなら俺でもうまく作れそうやな」
「わ、わ、私にもできそう」
「ただ注意点があってな、シシトウにつまようじとかで穴開けとかんな焼くときに爆発するで」
「鹿渡、ありがとうな。今度親父が休みのときにでも作ってみるわ」
「俺も母さんにレシピ教えるわ。鹿渡のレシピなら母さんも喜ぶやろうし」
「わ、わ、私も、つ、作ってみる。お、お、お父さんが、す、す、好きそう」
そんな会話をしながらあたしたちはお弁当を食べ終えた。

 堀たちがいつものように外にバスケの練習に行く。明神たちはサッカーをしに教室から出ていく。そんな様子を尻目にあたしたちはおしゃべりに花を咲かす。
「シシトウってたまに爆弾みたいに辛いのがあるんやろ? 俺まだ当たったことないけど」ってひなちゃんがあたしに聞く。
「そやな。たまにあるけど、辛い部分って種ができるワタの部分やねんな。胎座(たいざ)って言うねんけど。あそこを取り除くとあんまり辛くならへんよ」
「さすが鹿渡やな、何でも知ってるな」
「ホンマやな、俺はそんなこと全然知らんかったわ」
「実と種には実はそんなに辛さはないねんな。だから唐辛子でも辛いの苦手やったら胎座を取り除けばええんや」
「か、か、鹿渡さん、ほ、本当に、りょ、料理のこと、く、く、詳しい」
「あたしにはそれしかないからな」
「それなら、鹿渡は将来料理の道に進むん?」と西野君がいきなり聞くので、あたしは思わず「そんなん全然考えてへん」と答えた。すると前田さんたちがやってきて西野君に聞いてくる。
「西野、通学路変えたか?」
「ああ、変えたよ。誰も俺の後をついてこんから安心や」
「それはよかったな。ところで将来の話してたん?」
「まあ、そんな感じかな。鹿渡が料理うまいから、俺がその道に進むんかなって聞いてた」
「あたしは何も考えてないよ」
「そうか。得意なものがあればその道も将来の視野に入るんやな。私なんて何もないわ」
「私は音楽の道に進みたいかな。ひなちゃん、the jangoってブラスロックバンドのDVDを山崎に貸したやんか。あのとき私も南も一緒に見ててんな、山崎の家で。私もあんなかっこよくトランペット演奏できるようになりたいなと思った」と里中は話す。
「私は音楽の道は進む気ないな。高校ではブラバンやりたいけど、その先はなんも見えてないわ」
「わ、わ、私は、せ、せ、製菓を、べ、べ、勉強したい」
「そやな、佐藤さんはお菓子作りうまいもんな」
「俺は建築関係の業界に進みたいかな」と西野君は答えると、みんなの視線はひなちゃんに集まった。
「俺は大学行って経済を勉強して、金融関係かな」と答えるひなちゃんに、前田さんは「やっぱり頭のええ子は全然違うわ」と半ばかなわないやと呆れていた。あたしは普通にOLしたいって言えなくて黙り込むけど、あたしとひなちゃんって本当に将来も一緒にいられるのかなって急に不安になった。それぞれ別の道を歩んでいくひなちゃんとあたしが再び同じ道を歩むなんて、それこそシシトウ爆弾にあたるくらい確率は低いのではないかと思いながらも、なに変な期待をしてるんだあたしは、とおかあちゃんが吹き込んでくるおかしな雑念を振り払った。
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