第128話 四つ葉のクローバー

文字数 2,254文字

 ひなちゃんとおりいぶ公園に行き、いつものベンチに座ろうと思ったら先客がいた。女子高生2人がベンチに荷物を置いてバトミントンをしていた。残念に思ったあたしはおりいぶ公園の入り口でひなちゃんに聞く。
「どうする? 一応いつものベンチの隣のベンチは空いてるけど…」
「そやなぁ。バトミントンしてるから邪魔になるし、ちょっと暑いけど夏に使ってたベンチにしようか」
「そやな、木陰にはならへんけど、それしかないよな」
「鹿渡はまだお茶残ってる?」
「うん、残ってるで」
「それなら、水分補給の心配はないか。ダイエーの伊藤園のジャスミンティーもなくなったしな」
「ホンマ残念やわ。あたしやっとジャスミンティーがすごく美味しいって思えるようになったのに」
「うちは基本ジャスミンティーやから、水やらお湯やらで抽出するお徳用のティーパック使ってるけど、鹿渡はダイエーのペットボトルだけやったんやろ?」
「そうやねんな。だから飲まれへんってなったら余計に飲みたくなるわ」
「それやったら、うちのティーパック何個かあげようか?」
「ホンマにもらってええの?」
「母さんに事情を説明して鹿渡にあげるって言えば問題ないと思うで」
ひなちゃんがそう言うと2人夕日の当たるベンチに座った。
「それなら、少しだけ頂こうかな」
「わかった。明日持って行く」とひなちゃんがかわいく微笑む。その優しげな表情を見て、やっぱりあたしはこのかわいいひなちゃんが大好きなんだと思う。ひなちゃんが男の子でも女の子でもあたしには関係ない。むしろそんな問題はやはり些細なことだと思えてくる。
「それにしても6月の頭やのに、暑いな」
「今年は去年より暑いって言ってるからな」とひなちゃんはリュックから水筒を出して一口飲む。それを見たあたしは急にジャスミンティーが飲みたくなって、ひなちゃんに「一口頂戴」と言っていた。
「ええよ。でも残り少ないからあとは鹿渡が全部飲んで」
「ありがとう。ひなちゃん」とあたしはお礼を言う。ひなちゃんと出会った当時は苦手だったこの味と香りも今ではすっかりあたしのお気に入りになっている。あたしがジャスミンティーを飲んでる間、ひなちゃんはベンチの横のクローバーを見つめていた。

 ジャスミンティーを飲み終えたあたしは水筒の蓋をして「ひなちゃん、ありがとう。お茶でよければ、あたしのあるから言ってな」とひなちゃんに水筒を返すとひなちゃんは微笑んであたしに言う。
「鹿渡、今日の俺たちはツイてるかもしれんで」
「え、何がツイてるん?」とあたしが聞くとひなちゃんは黙って自分が座っているベンチの横のクローバーを指さした。あたしの位置からだと見えないのであたしはベンチを立ちあがりひなちゃんの左側へと移動する。
「ここがどうしたん?」と訝しげに聞くあたしにひなちゃんが答えた。
「四つ葉のクローバーがあるねん。しかも2つ」
「えー、ひなちゃんこんな短時間で2つも見つけたん?」
「コツがあるねんな~。それさえ知ってたら案外見つけやすいもんやで」
それを聞いたあたしはスカートを押さえてしゃがんで、四つ葉のクローバーを探すがひなちゃんみたいに簡単に見つけられなかった。するとひなちゃんがベンチに座りながらあたしの方へと前かがみになってきたので、あたしは一瞬ドキッてする。だけどひなちゃんはいつもと変わりなく「正解はこことここ」と答えを教えてくれた。
「どうする鹿渡、2人で1個ずつ持ち帰る?」
「そやな、せっかくやし持って帰ろうかな」と言ってあたしは四つ葉のクローバーを根元の方から摘み取って、ひなちゃんに1つ渡してひなちゃんの右に座る。
「保管には最初に丁寧にすることが大切やねん。まずティシュの上に置いて綺麗に形を整えて、挟むんや。これで水分はティシュが吸ってくれるから萎れる心配もなくなるねんな」
そう言うひなちゃんの指示通りあたしはポッケからティシュを取り出して1枚ひなちゃんに渡す。ひなちゃんはありがとうと言うと、あとは2人して無言でティシュの上の四つ葉のクローバーを漫画で見るようなきれいな形に整えて、その形を崩さないように挟む。それからひなちゃんは教科書なんかの本でそれを挟むと言うので、あたしたちはリュックから教科書を取り出して挟んだ。
「これで家に帰ったらもっと分厚い本で圧力をかけたら、四つ葉のクローバーの押し花は完成や」とひなちゃんは言う。あたしはその手際の良さに感心して聞いた。
「なんでひなちゃんそんなに詳しん?」
「父さんに教えてもらったからな」
「見つけるコツも?」
「そやな。そもそもなんで三つ葉のクローバーが四つ葉になると鹿渡は思う?」
「突然変異的なものかな?」
「まあ、それも正解やけど。三つ葉を四つ葉にせんなアカン理由って何やと思う?」
「わかれへんわ」
「植物は光合成してるやんか。もし三つ葉で光が足りへんとしたら?」
「そうか、葉っぱを増やすんや」
「正解。だから光のあまり当たらんとこに四つ葉のクローバーが多いんやな」
「そうなんや、だからひなちゃんは1発で見つけられたんや」
「それだけやないで。水分が多いところってもの大事や。ここのベンチの横すこしくぼんでるやろ。だから雨降ったときなんか水たまりになるんちゃうかなと思ってん」
「そんな科学的理由があってんね。でも四つ葉のクローバーには変わりないから」とあたしは答え、幸運のお守りがまた1つ増えたなと嬉しくなった。しかも今度はひなちゃんと分け合える。もしかしたらこれがこの四つ葉のクローバーがもたらした最初の幸運なのかなと思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み