第142話 3者面談

文字数 2,487文字

 今日は3者面談の日だ。おかあちゃんは仕事を休んで、わざわざ3者面談に臨んだ。この時代共働きが当たり前なのに、3者面談ってどうにかならならないかな。おかあちゃんも仕事を休むのは気が引けるやろうし、西野君みたいに片親の家庭もある。確かにあたしらからしたら重要な将来のことやけど、7月にやって、11月には受験校を仮決定する面談もある。夏休み前に生徒や親に自覚を持たせる意味もあるかもしれんけど、7月にもって何とかならんかな。親に仕事を休ます負担をかけるのは。そんなことを廊下に用意されてた椅子に座りながら思ってたら、ひなちゃん親子が来た。ひなちゃんの3者面談ってあたしのあとやったなと思いながら、おかあちゃんとひなちゃんのお母さんを直接合わせるのは嫌だなと何だか不安になる。

「鹿渡さん、こんにちは」とひなちゃんのお母さんはおかあちゃんに挨拶する。おかあちゃんも「山田さん、こんにちわ」と挨拶を当たり前のように返す。あたしはあれ? と不思議に思う。この2人顔を合わすのは今日が初めてやない? なんでこんな顔見知りみたいに当たり前に挨拶してるん? あたし、外見はどちらかと言うとお父ちゃん似やのにと不思議に思いながら、ひなちゃんとあたしも母親たちに挨拶をする。するとおかあちゃんは「弘子、席を譲りなさい」とあたしに言う。「いいですよ」と答えるひなちゃんのお母さんに席を譲り、あたしとひなちゃんは廊下に立つ。でもいくら電話で友達になったからっておかあちゃんとひなちゃんのお母さんの距離は異常に近い。何でやろう? いくらおかあちゃんでも初対面の人にこの距離の取り方はおかしいとあたしは思う。そんなあたしの思いと裏腹におかあちゃんは遠慮なく「ひなちゃんって学校ではいつも体操服なんですか?」とか「あんなにかわいかったら男の子の中に入れたくないですね」とか言っている。おかあちゃんやめてと思っていると前の生徒の3者面談が終わり、あたしたちが教室へと呼ばれた。「お先に失礼します」と言いあたしとおかあちゃんは教室内に入った。とりあえず助かった。

 中に呼ばれると大崎先生が「お座りください」と言ってあたしとおかあちゃんが座るのを確認してから自分も席に座る。そんな細かな気配りできる大崎先生をあたしは好きだ。もちろん恋愛面でとかではないけど、立派な大人として尊敬の半分くらいはしている。
「早速なんですけど、鹿渡さんには進学希望校はありますか?」
「あたしは堺上(さかいかみ)高校へ行きたい」
「お母さんはどう思われますか?」
「私としてはもっとレベルの高い高校に行って欲しいと思っています」
「そうですか。私としては現時点では堺上高校が妥当な線かと思います。ただ、2年のときも鹿渡さんの担任だったので、あのときの力を出してもらえばもっと上の高校を確実に狙えます」
「3年になって学力落ちたんですか?」とおかあちゃんは大崎先生に聞く。
「そうですね。少し落ちています」
「上がることはないでしょうか?」
「本人の努力次第です。こればかりは。ところで鹿渡さんは公立志望なんかな?」
「あたし公立しか行く気ない」
「今、大阪府は高校授業料免除ってやっていますが」
「それはニュースで聞きました。だから、この子にも私立を考えて欲しいっていうのですが、絶対嫌やと言うことをききません」
「そうですか。そんなに私立は嫌かな?」
「授業費無料でも私立はお金かかるから、あたし公立しか考えてない」
「そうか。でも公立のすべり止めくらいは考えておいて。もしも公立に受からんかった場合に」
「わたしたちの時代でも公立に落ちる人がいたんですが、やっぱり滑り止めの私立を受験しておいた方がいいですよね」とおかあちゃん。
「そうですね。受験ってほぼ一発本番ですから、その雰囲気にも慣れるために私立公立併願をお勧めしますね」
「そうですか。弘子よく聞いておきや」
「そんなん興味ないわ」とあたしはけだるげに答える。
「でも、鹿渡さんには山田ひなたがいるので、その点は問題ないと思いますよ」
「ひなちゃんですか?」
「ひなたは学年1位の成績だけではなく面倒見もいいですから。それに鹿渡さんとも仲がいい」
「そう言えば、ひなちゃんと参考書を買いに行ってから頑張っているみたいで」
「わからないところがあれば、私のところに聞きに来るくらい熱心ですよ」
それを聞いたおかあちゃんは「ひなちゃんのおかげやね」と大崎先生を完全無視した無神経な発言をして、あたしの普段のあたしの生活などを聞く。大崎先生はひなたと出会ってから活発な面も出てきたし、人を助けるって当たり前のこともサラっとできるとてもいい子ですよ、と返したので、おかあちゃんは1人十分満足して3者面談を終えた。次はひなちゃんの番だ。

 ひなちゃんが3者面談を終えるまで何故か廊下で待っていたあたしたち親子はひなちゃんの面談が終わると、おかあちゃんが「山田さん、コーヒーでも飲みに行きませんか?」と声をかけた。あたしはびっくりして「おかあちゃん、それは迷惑やから」と言った。ひなちゃんのお母さんはあたしを見て微笑んで「それならララでいいですか?」と聞いてくる。おかあちゃんは「もちろん」と言って、あたしたちには自分たちの前にそれぞれの母親がいるっておおとりウイングスまでの地獄の帰路となった。おかあちゃんたちは凄く仲良くてとても初対面と思えないくらいの親密さだ。逆にあたしとひなちゃんは無言でめっちゃ気まずい。いつもの帰り道を通り、喫茶ララに着く。あたしたちはこれでとおりいぶ公園へ向かおうとすると、ひなちゃんのお母さんとおかあちゃんは「何言ってるの? あなたたちも一緒よ」とあたしたちを解放してくれなかった。おかあちゃんとひなちゃんのお母さんがあたしたちの愚痴を言い合う中、あたしたちは黙ってアイスコーヒーを飲む。ホントもう気まずいってありゃしないわ。お互い相手の母親がいるので、あたしとひなちゃんは何も言い返せず、うつむいて無言でアイスコーヒーを飲むのが精一杯だった。やっと2人から解放されたあたしたちはもう完全に精も根も尽き果てていた。
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