第153話 右か? 左か?

文字数 1,747文字

 今日は朝からひなちゃんと会う。いつものように水筒と塩飴とハンドタオルとスマホを持っておりいぶ公園に向かう。ひなちゃんはいつものように先に来ていた。ただ違ったのはあたしの右の席。あたしは何となく気持ちでは納得していたけれど、やっぱりひなちゃんがあたしの左側って納得いかない。あたしはそんな思いを抱えながら「ひなちゃん、おはよう」って声をかける。ひなちゃんはいつも通りかわいく微笑んで「おはよう」って返してくる。あたしはそんな笑顔にたまらず、この暑い夏でもぎゅっと抱きしめたくなる。でも我慢して「今日も暑いな。午前中やのに」と声をかける。するとひなちゃんは「まあ、午前中しか会う時間ないやろ。夕方からやったら鹿渡に迷惑が掛かるし」と返してきた。
「確かにあたし夕方からすること多いから、午前中の方が助かるわ」
「そやろ。俺は母さんがやってくれるから自分の部屋の掃除くらいしかしてへんねんな~」
「それはありがたいな。うちのおかあちゃんはフルタイムのパートやから、どうしてもあたしがやらんとあかんことが多いねん」
「俺は助かってるよ。母さんに。めっちゃ鬱陶しいこともあるけど」
「そんなん全部自分でするようになったら、絶対言えんで」
「想像しただけでも怖いわ」
「そやろ。自分で全部やるようになったら、いろいろ面倒やねん。うちのお父ちゃんとか平気で塩ラーメン食べたい気分やねんとか言ってくるからな」
「それ聞いたら、俺は何も言えんわ。ホンマ母さんに感謝やな」
「でも実際はそれに慣れて感謝とか言ってくれへんねんな。当たり前やろって感じになるねん」
「それは俺も注意せんなあかんな。母さんがやること当たり前って思ってるから」
「それはアカンで。ひなちゃんのお母さんもあたしたちと同じ人間や。やって当然とやってくれてありがとうでは全然気持ちが違うねんから」
「そこは気を付けるわ」
「ところでひなちゃん。あたしたちいつもと逆の位置って気持ち悪くない?」
「確かに俺も何となくなれへんわ」
「それならいつもの位置に戻す?」
「それはアカン。だって鹿渡、ここやったら枝が頭に当たって気持ち悪いんやろ?」
「まあ、そうやけど。ひなちゃんの左側にいるのも気持ち悪いわ」
「そこはお互い慣れろよ。これからそういう場面が増えていくかもしれんし」
「いや~、それはないわ。ひなちゃんの右側はあたしの特等席やねん」
「なんかそれってショックやわ。新太にも言われてるし」
「西野君が…。でもひなちゃんの右側はあたし譲れないよ」
「まあ、ええわ。男の一方的な言い分やから。それにしても暑いな。塩飴舐める?」
「あたしも持ってきた。それなら、右手か左手にあるか、当てっこせえへん?」
「ええで。俺は結構こういうの得意やねん」とひなちゃんは得意げに言う。

 あたしは塩飴を取り出して後ろ向いたひなちゃんにええよと言い、両手を見てもらう。
「あかん、鹿渡の手は大きいからどちらにあるかわからんわ」
「なら降参?」ってあたしはひなちゃんに聞く。ひなちゃんはあてずっぽで右手を触った。
「残念。正解は左手でした」とあたしは左手を広げる。ひなちゃんは悔しそうにあたしを見つめて「次、俺の番な」と言って塩飴を奪う。あたしは後ろ見てひなちゃんの合図でひなちゃんの両手を見るけど、ひなちゃんの小さな手ではどちらに飴があるかまるわかりだった。あたしは右手をつかみ「こっち」とひなちゃんの右手を開く。すると塩飴がある。なんで分かったんやと言うひなちゃんに「この勝負なら、あたしの勝ちやな」と答える。「なんでや」って言うひなちゃんにあたしは「この勝負、負けた方が勝った方の言うこと聞くようにせえへん?」と聞いてみた。ひなちゃんは「俺が負けるわけないやろ」って乗ってきたので、あたしはひなちゃんが負けたら「山田ひなたは鹿渡弘子のことが大好きです」って言わせる約束を取った。ひなちゃんはあたしに「これから俺のことをひなちゃんではなくてひなたと呼ぶ」と約束させた。だけど、あたしは負けませんけどね。3本勝負した結果あたしの全勝だった。勝負に負けたひなちゃんはあたしを見つめて「山田ひなたは鹿渡弘子のことが大好きです」と素直に言ったけど、自分から言わせておきながら、めっちゃ照れる自分になんか恥ずかしくなった。
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