第98話 バレンタインデー

文字数 2,097文字

 お弁当を食べ終わるとあたしたちの席に山崎たちが近づいてきた。そして山崎が言う。
「今日はバレンタインデーやん。これ、あたしたちからの友チョコな。みんな好きなん取って」と机の上にそれぞれ3人がお徳用パックのチョコを置く。パイの実やカントリーマーム、LOOKチョコレートがドカッと置かれた。あたしもリュックからキットカットのお徳用パックを出して机に置いた。
「鹿渡はキットカットか? うまいことカブらんかったな。でも西野は甘いもん苦手やからお預けや。女の子だけの楽しみやで」
「そんなんわかってるわ」
すると何だか様子のおかしい佐藤さんに気が付いた佐竹が言う。
「どうしたん、佐藤さん。別にチョコ持って来てなくてもいいんやで」
「…あ、あ、あの、ち、違って。わ、わ、私、み、み、みんなの分作ってきた」
「えー、そうなん。手作りなん。それは嬉しいわ!」とみんながざわつく。だけど佐藤さんは「わ、わ、私、に、西野君が、あ、あ、甘いもの苦手なんて、し、し、知らなかったから」と言いつつリックから6人分の綺麗に包装されたチョコチップカップケーキを取り出して、机の上に並べる。それを見てみんなが声を出す。クラスの注目が一瞬あたしたちに向けられた。
「佐藤さん、めっちゃおいしそうやん。これ、佐藤さんが作ったん」
「そ、そ、そう。で、で、でも、わ、私、に、に、西野君が、あ、甘いもの、に、に、苦手って、ほ、ほ、本当に、し、し、知らなくて…」
「そんなん関係ないって。これ佐藤が作ってくれたんやろ。ありがたく頂くわ」と西野君がさも当たり前のように答える。あたしは西野君のこういうところが女子から人気なんだろうなと思いながら、自分のリュックを探って用意していたものを出す。
「これ、あたしからひなちゃんにな。梅酒のチョコ」と言ってひなちゃんに渡す。そして西野君には「西野君はこれな。ハンドタオル。部活のときでも使って」と渡した。2人はすごく喜んで「ありがとうな、鹿渡」と言ってきたけど、あたしは「いいえ」と答えながらも少し照れた。すると前川君がよってきて西野君に突然こう言った。
「西野、お前、甘いもの苦手やろ。その佐藤さんのカップケーキ、俺が貰ってやるよ」
「何言ってるねん。これは佐藤が俺のために作ってきてくれたものや。お前なんかにあげる気はないわ」
「でも、お前甘いもの苦手やろ」
「そういう問題じゃないわ!」と西野君が怒る。それでも粘ろうとする前川君に呆れたあたしは「チョコはほかにもあるから、好きなん持って行き」と前川君に言った。意外にも前川君は「女子からチョコもらった!」と何個かチョコを手にして男子グループのもとに帰って行った。佐藤さん狙いやなかったっけ? あたしはあっさり去っていった前川君を見ながらそんなことを思った。

 今日の帰りも暖かいのでひなちゃんと一緒に帰っておりいぶ公園のベンチでおしゃべりしている。するとひなちゃんが急にこう言った。
「鹿渡から貰った梅酒チョコ、いま食べてもええかな?」
「もちろんええよ」
「なら頂くわ」とひなちゃんはリュックをあさり梅酒チョコを取り出す。
「鹿渡も一緒に食べよう」って言うので、あたしは「それって、あたしがひなちゃんにあげたもんやで」と答えると、ひなちゃんは真顔で「俺らいつも美味しいものは分けてきたやんか」と答えた。あたしは「それでも…」ってなるとひなちゃんは「俺は美味しいものを鹿渡と一緒に食べたいねん」といつもの笑顔で答える。あたしはそのかわいい笑顔に圧されて「それなら一緒に食べようか」と答えてしまう。あたし駄目やわ、ホンマひなちゃんのこのかわいい笑顔には逆らえない。するとひなちゃんは梅酒チョコを見つめて「これ別種類の梅酒で3個しか入ってないねんな。こんな高級品をありがとな」と言いながら丁寧に包み紙を開ける。
「鹿渡、先に好きなん選んで」と言うけれど、あたしは「ひなちゃんが先に選んで」と返す。するとひなちゃんが俺はこれと1つ選んだ。ひなちゃんが選んだのであたしは別の1個を適当に選ぶ。そして包み紙を開けて2人で同時に食べると、濃厚な梅の味がしてすごく美味しかった。
「これ、めっちゃ美味しいな、鹿渡。なかに梅酒が入っているんか?」
「みたいやね。めっちゃ美味しい」
「悪いけど残り1個は俺が頂くで」
「うん、ええよ」
そして残り1個はひなちゃんが食べた。あたしはひなちゃんの幸せそうな顔を見ていると自分が選んだチョコが間違えていなかったと嬉しくなる。
「冷菓子屋でも梅酒アイスクリーム売っていたらええのにな」
「ホンマやな。こんなに美味しかったら、あたしストロベリーから梅酒に乗り換えるわ」
「俺もみかんから梅酒に乗り換えるわ」と言って2人笑った。ふとあたしは佐藤さんのチョコチップカップケーキを思い出し「佐藤さんのカップケーキもあったよね」と言った。するとひなちゃんは「今は鹿渡から貰った梅酒チョコの余韻に浸ってたいから、佐藤のカップケーキはうちに帰ってからや」と言いあたしの左手を握った。あたしはなんだか嬉しくなり「そやな。佐藤さんのカップケーキは夕食後やな」と満面の笑みで答えていた。
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