第３７話　ひなたの訪問

　1学期の終業式も無事に終わり、後はひなちゃんが来る日を待つのみになった。あたしは楽しみにしていたけど、それ以上にお父ちゃんがすごく楽しみにしていてなんかキモかった。約束の土曜日午後2時前にうちのインターフォンが鳴った。見るとひなちゃんだった。あたしは「玄関前で待っているから」とひなちゃんに声をかけてオートロックを解除した。するとお父ちゃんが「ひなちゃん来たんか？」と言ってきたので「お父ちゃんは出てこんどってや、自分の部屋かリビングにおりや！」ときつく言い聞かせて、玄関を出てひなちゃんを待った。エレベーターのところからひなちゃんが現れる。あたしは手を振り「こっちー」と叫ぶ。ひなちゃんは手を振り返してこっちに歩いてくる。いつものひなちゃんもかわいいけど、私服のひなちゃんはもっとかわいい。今日は白のゆったりしたロゴTシャツにデニム柄のガウチョパンツにスニーカー、腕にはいつもの白のBABY-Gという格好だった。本当にひなちゃんには白がよく似合うなぁとあたしは思いつつ「暑かったやろとにかく中に入って、クーラー付けてるから」とひなちゃんをうちの中に招き入れるとそこにはおかあちゃんがいて「あなたがひなちゃん？　弘子がいつもお世話になっています」と挨拶をした。ひなちゃんは「今日はお招きいただいてありがとうございます。山田ひなたです。お世話だなんてわたしの方が弘子ちゃんにいつもお世話になっています」と頭を下げた。とりあえずキモいお父ちゃんはいないのであたしは一安心した。
「暑かったでしょう？　早くあがって。なんか冷たい飲み物持ってくるね」
「ありがとうございます。お気遣いないようにお願いします」
「弘子、あなた部屋のクーラー付けているんでしょうね」とおかあちゃんはいつもの口調であたしに言う。あたしはちょっとムカッとして「付けてるよ。暑い中来てくれたんだから、あたしだってそれくらいの気は付くよ」とちょっと怒った口調で答える。そしたらひなちゃんが「あの、これ使ってもいいでしょうか？」と下駄箱の上の手の消毒液を指さした。「もちろんええで」とあたしは答えて、ひなちゃんは手を消毒してうちにあがった。入ってすぐの左があたしの部屋だ。部屋に入るとひなちゃんは「涼しい」と呟いた。今年の夏は特に暑いからね。
するとおかあちゃんが「ひなちゃんはオレンジジュースがいい？　それともジャスミンティ？」と聞いたのでので、ひなちゃんは思わず「ジャスミンティあるんですか？　それならわたしはジャスミンティがいいです」と答えた。
「最近、弘子がひなちゃんの真似してよく買ってくるのよ、ジャスミンティ」とおかあちゃんは笑ったので、なんだかあたしは恥ずかしくなって「そんなんどうでもいいやん」と言っておかあちゃんを部屋から追い出してドアを閉めた。そしてひなちゃんに笑いかける。
「やっぱりひなちゃんは大人の前だと俺じゃなくてわたしになるんだね」
「しゃーないやん、母さんからそういう教育されてきたんやから」
「私服でそれされるとホンマにかわいさ爆発やわ。普段とのギャップ萌え」
「なんや、馬鹿にしてるんか」とひなちゃんは言ったけど、たまに見せるこのひなちゃんの女子力は半端ない。早くひなちゃんを独占したいあたしはベットに座って「ここが1番クーラーの風が来るねん」とひなちゃんを誘う。ひなちゃんは素直にあたしの左横に座った。
「歩いてきたから、ホンマ天国やわ」とひなちゃんが言うとドアがノックされておかあちゃんがお盆に冷えたジャスミンティのペットボトルとコップを２つ持ってきた。
「弘子、折り畳みのテーブル」と言うので、あたしは部屋の隅に置いてある小さなテーブルを用意する。
「ここ洋室だから、座布団持ってくるね」と言うおかあちゃんにひなちゃんは「わたしの部屋も洋室ですけど座布団は使ってないので、お構いなく」と答えた。おかあちゃんは「そうやね、同じフローラだから子供部屋も同じかな」と言った。「はい、わたしの部屋も玄関の横です」とひなちゃんが答えている間にペットボトルとコップをテーブルの上に置いて部屋を出て行った。「なあ、鹿渡。コップ使わんでええかな？」とひなちゃんが聞いてきたので「ええんちゃう」と答えた。するとまたおかあちゃんが来て「ひなちゃんは甘いものが好きって弘子から聞いていたので、これもどうぞ」とイチゴのショートケーキを2つ置いて「ゆっくりしていってね」と部屋を出て行った。ひなちゃんは「なあ、ここまでしてもらって俺手ぶらで来てホンマによかったんかな？」とあたしに聞いた。「ええんちゃう。今日はひなちゃんがゲストやから」と答えて心の中でこのケーキ、ホンマは朝一でお父ちゃんがウキウキしながら車でアリオ鳳のコージーコーナーに買いに行ったやつやけどねと笑っていた。