第76話 レジのお仕事

文字数 1,624文字

 いつものように3人で帰っているとひなちゃんがあたしに聞いてきた。
「鹿渡ってダイエーのレジに並ぶとき、だいたい並ぶ人決まってるな」
「そうやね、いつもだいたい同じ人に並ぶかなぁ」
「なんか理由あるん?」
「あたしは愛想のええ人に並ぶわ。同じ買い物するんやったら気持ちよく買いたいやん」
「そやな、確かに気持ちよく買いたいな。佐藤のお母さんはレジの仕事してるんやろ?」
「…う、うん」
「やっぱり愛想ようって心がけてるんかな?」
「…そ、そ、そう言ってた。で、で、でも、あ、あ、愛想よくしてたら、こ、こ、困ることも、あ、あ、あるんやって」
「そうなん。あたしなんかええことだけとしか思われへんけどな~」
「…か、か、勘違いする、お、お、お客さんも、い、いる」
「それって自分は特別扱いされてるみないなお客さん?」
「う、う、うん。と、と、特に、お、おじさんと、お、お、お爺さん」
「あ~、それ俺なんかわかるわ。男って単純やから女の人からちょっと愛想ようされたら、自分が特別扱いされてるんちゃうか? って思ってまうわ」
「そんなもんなん、ひなちゃん?」
「そんなもんやで。特に普段人とあまり接しない男やとまず勘違いするわ」
「…お、お、お母さんも、は、は、話しかけられて、れ、れ、レジ打ちに集中、で、で、できないって」
「そやなー、業務スーパーやとたくさん買うからな。必然的にレジの時間も長いし話しかけられたら無視は出来んよな」
「あ、あ、あと、て、手紙、渡してく、く、くる人」
「そんな人までおるん!」とあたしは驚いた。いい年した大人が何やってるんやと思った。でもお父ちゃんやったらひなちゃんにファンレターとか言って手紙なんかありえそうで少し怖くなった。
「…な、な、中身、チェ、チェックして、て、て、店長に預ける」
「そこまでいくとさすがに怖いな」とひなちゃんが言ったけど、お父ちゃんそれだけはやめてやとあたしは思った。
「…わ、わ、若い女の子の、か、か、帰りを、う、う、裏口で待ってる、ひ、ひ、人もいた」
「そんなん恐怖でしかないやん。それでどうしたん?」
「て、て、店長が、表から、か、か、帰らせた」
「あたしなんて何気なく愛想のええ人に並んでるけど、そんな苦労もあるねんな」
「そ、そ、それだけじゃない。こ、こ、混んでるときの、プ、プ、プレッシャーは、キ、キ、キツイ」
「そやな、あたしなんかでもまだかなって思うもん」
「気の短い人なら殺気立つよな。俺はそんなことないけど」
「お、お、お母さん、す、す、すぐにパニックに、な、なるから、よ、よ、余計にストレス、に、に、なる」
「ミスしたら怒る人とかおるもんな」
「…す、す、すぐ、お、お、怒る人はお爺さん」
「あ~わかるわ。プライドが高いうえに、年取ると感情を抑えることが出来へんようになるからな」
「なんかあたしにはレジの仕事はできへんように思えてきたわ」
「で、で、でも、基本は、た、た、楽しいって、お、お、お母さん言ってた」
「そうなんや。仕事するって楽しかったりしんどかったりするものなんやな」
そうあたしが言うと佐藤さんと別れる交差点に着いた。佐藤さんは手を振りながら笑顔で右折していった。あたしたちは左折しておりいぶ公園を目指す。それにしても一見単純そうな仕事でもやはり苦労があるんだなぁとあたしは思った。将来のあたしに出来るかな。そう考えていると、ひなちゃんがニヤニヤしながら「何考えているか、当てようか?」と言ってきた。「なら当ててみて」とあたしは答える。するとひなちゃんは笑いながら「将来、自分は働けるのかなって考えていたやろ」と図星をついてきた。「なんでわかったん」とあたしが驚くと「俺もちょっと不安になったからな。同じこと考えてるんちゃうかなって」と手の内をばらす。「まあ、その辺の不安は高校へ先延ばししたらええんちゃう。今は今を楽しんでいたほうがええで」とひなちゃんが言ったので、あたしは「そうやね」と答えてひなちゃんの手をそっと握った。
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