第90話 2年参り

文字数 2,133文字

 31日の23時30分にあたしたちは鳳駅東口のロータリーで待ち合わせをしていた。電車は臨時ダイヤで深夜まで走っているから、もう運行の終わった堺東(さかいひがし)行きのバス停に集まることにした。あたしが行くとひなちゃんと佐藤さん、前川君がすでに来ていた。
「ごめん、待った?」と声をかけると、ひなちゃんが待ってへんでと答えた。その首にはあたしがプレゼントしたマフラーが巻かれていて少し嬉しくなる。
「それにしてもえらい人やな。電車も動いてるし」
「そやな、これからが大変やぞ」
そんな雑談をしていたら西野君がやって来た。
「俺が最後か。待たせてすまんな。大鳥大社から歩いてきたから人だらけで思うように歩けんかったわ」
「そんなにすごかったんか? 新太」
「祭りのときの比やないで」
「西野君、今年祭り行ったん?」とあたしはふと思ったことを聞いた。
「いや、行ってへんで。むかし哲也さんにひなちゃんと連れてってもらったころの記憶や」
「そうなんや、祭り以上か」
「ま、ええやん。行こうぜ」と前川君が西野君に催促する。
「踏切は引っかかったら厄介やから、駅を通っていくか」と西野君は言って歩き出す。あたしたちはそのあとをついて行く。鳳駅は路面にホームがあり駅は2階部分という構造をしている。そして東口と北口の2つの出入り口がある。あたしたちは北口に出て旧熊野街道の方へと歩き出す。すると西野君はいろいろ指示を出し始めた。
「大鳥大社は大阪で3番目に参拝客の多い神社や。人ごみ対策せんなはぐれるから、まだすいているうちに言うで。まず固まって集団で歩くこと。はぐれそうになったら、誰でもええから服をつかみや。それから貴重品には気を付けること。そして女の子は痴漢対策。前は自分で守って。後ろは俺と前川でガードするから」
「そんなに人多いんや~」とあたしは西野君に聞く。「めっちゃ多いよ、だから鹿渡はひなちゃんと手をつないだら」と西野君は答える。あたしはそっとひなちゃんの右手を握る。すると前川君が「佐藤さんも俺と手をつなごうか?」と佐藤さんに左手を差し出したが「わ、わ、私はだい、だい、大丈夫」と戸惑いの表情を見せたので、西野君が「前川、お前は帰るか? 佐藤嫌がってるやろ」と少し怒る。「そんなことないよな、佐藤さん?」と粘る前川君に「わ、わ、私は…」と佐藤さんはしどろもどろになってしまう。すると「前川、お前本当に帰れ!」と西野君が怒って前川君は「冗談やんか、西野。だから帰れなんて言わんどってや」と差し出した左手を引いた。
「佐藤、はぐれるのが怖かったら誰のでもいいから袖でもつかんどきな」と西野君が優しく言うと佐藤さんは頷いて、ひなちゃんの白いダッフルコートの左袖をつかんだ。
「これからが本番やで。人波に合流するから気を付けや」と西野君は言った。
「佐藤、心配するな。新太がおるから大丈夫や」と佐藤さんに微笑みかけたひなちゃんにあたしはちょっと拗ねた。あたしを見てよ。

 大鳥大社に向かう道は西野君が言うとおりに祭りとは比べようのないくらいに混雑していた。神社に着く前に人酔いしてしまいそうなくらいだった。それを我慢しつつやっと大鳥居に着く。屋台とか出ているけど、あまりに人が多すぎて何の屋台かわからなかった。それに祭りのときとは違う人々の高揚感が伝わってきて、何だか押しつぶされそうな感覚に陥りあたしはひなちゃんの右手を強く握った。「大丈夫か? 鹿渡」とひなちゃんが聞くけど、あたしは「うん」としか答えられない。集団っていう名前のなんか強い意志があたしを押し流しているようだった。本殿に参拝するって見えない集団の意志があたしの身体感覚を徐々に麻痺させていく。でも隣にはひなちゃんがいるし、後ろには西野君がいる。その事実だけを頼りにあたしたちは本殿まで流されていった。もはや自分で歩いているって感覚はなかった。やっと本殿に着き大きな白い布で覆われたお賽銭入れが見えてきたところで「これ以上前に行くのは無理やろ。ここからお賽銭投げようか?」と西野君が言ったのでひなちゃん以外お賽銭をおもっきり投げてお祈りをした。「来た参道を引き返すのは無理やから東鳥居に行こうか」とひなちゃんが言うので、あたしたちは本殿から離脱する人波に乗って東鳥居を目指した。ここまで来るとさすがにあの集団っていう塊みたいな混雑は多少解消されていた。
「あ~、2年参りはもうええわ」
「わ、わ、私も、もう、い、いい」
「言いだしたのは2人やんか!」とひなちゃんがツッコミを入れる。
「こんなに人が多いって思わんかったもん。しゃーないよね、佐藤さん」
「う、うん」と佐藤さんも頷く。
「佐藤さん、大丈夫やった? 俺、佐藤さんに変なやつ近づかんか、ちゃんと守ったで」と前川君は誇らしげに言う。佐藤さんは苦笑いをして「あ、あ、ありがとう、ま、前川、く、君」と答えると、西野君が「前川、無理やり言わすな。お前何もしてないやんけ!」と厳しいツッコミをいれた。そうこうしてるうちにあたしたちは東鳥居を抜けた。
「新太、悪いんやけど」とひなちゃんが言うと西野君は「わかってるって」と答えた。
なんのことだろうと思いながらも、祭りのときと違って東鳥居も人が多いなぁとあたしは思っていた。
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