第59話 悪魔的絶叫

文字数 2,748文字


突然の騒ぎのなか、重傷を負った奥太郎のもとにはベンド商会所属のスタッフが駆けより、簡易な治癒魔法をほどこしていた。


シノゥはそのかたわらに(ひざまづ)いて奥太郎の顔をのぞき込む。


ロイズが近づいていくと、他のスタッフに指示を飛ばしていたエンディがこちらに気づいて振り向く。


おっさん。
……ああ、すまんな、俺のせいで色々と。


地上のほうは被害はなかったようだ。あの悪魔たちは、どうやら長居せずに去ったらしい。

――奥太郎は?
ああ……
自分ならもう……平気っすよ……。


よろよろと体を起こす奥太郎をシノゥが支えた。


まだ無理をしてはいけませんよ?
へへ、大丈夫っす、主人公はそう簡単に死なないもんっすよ。
…………。


まあいい。

それよりエンディのおっさん。早速だが、オレはかなりどうでもいい用事ができた。で、報酬の件なんだが――

用事って――
ああ、報酬な……。
え? ……え??


ロイズとエンディの視線を受けてガザリアが戸惑う。彼女の手にはまだ聖剣WLBが握られているのだ。


ベンド商会のスタッフたちは避難誘導などの事後処理に大わらわ(、、、、)で、こちらの事情まで(うかが)う余裕はなさそうだった。


それにもともと、彼らが地下遺跡について深く知っているわけでもない――。


交渉だな。

オレたちが居なかったらアンタは――

あー、皆まで言うな。


交渉も必要ないさ。これは俺の失態だ。雇われの身ではあるが――そうだな。

こういうのはどうだ?


……聖櫃は見つけた。

だが中身はからっぽ(、、、、)だった。

??
仕方なく、その外側(、、)だけは回収しようとしたところに悪魔が現れて、勇者一行が撃退してくれた。


俺たちの手元に残ったのは、古代人が残したその聖櫃――古代の秘密が刻まれた魔法の箱だけ。そいつを商会に引き渡して、俺はこの失態の後片付けに励む。

おまえたちは――


悪魔を撃退した勇者たちは、俺の取り分だった報酬だけ(、、)を手に、華麗に去っていく……って筋書きはどうだ?


いや、どうだも何も、もとからそのつもりで聖櫃を引き上げてくれたんだろう、ロイズ?

……ふん、仕方ねぇ、それで手を打ってやるよ。
はは、すまんな。

だがそれとは別に、また個人的に借りは返させてもらうよ。おまえたちにも、シノゥたちにも。

あれ?

じゃあ聖剣は――

……あなたのモノ、ということですね。
私の――
とてもうまく使えていたようですし。
そうっすよ、女王様って感じだったっす!
じょ、女王……!
おまえ、言葉の響きだけで喜んでるだろ?
そ、そんな単純じゃないわよバカっ!
――つーことで、オレたちは行く。


シノゥ、おまえらはどうするつもりだ?

……ふふ、仕切り直し、ですかね。


私はあまりに無力で未熟でしたし――


それに、とシノゥは奥太郎にほほ笑む。


『パーティー』としても仕切り直しです。ねえ、奥太郎?
ええ、自分はどこまでも姉御に付いていくっすよ!!
…………で。


ロイズはガザリアを振り向く。


……へ?
あ、私は――……


聖剣の所有者である彼女は、いま現在シノゥのパーティーである。


宿を飛び出してロイズたちとの縁は切った――状態にある。


…………。
ガザリア、あなたが決めてください。

あなたが……誰とともに行くのかを。


やさしく()んで、シノゥが言う。


私はもう、『仲間』に強制することは()めようと思います――。


あなたにも、奥太郎にも。

私、は……。

――ガザリアの決心はついている。

だが、言葉にできずにシノゥとロイズの顔を見比べている。


それでもようやく覚悟を決め、ガザリアは大きく息を吐いてからロイズに向き直った。


……ロイズ、ごめんなさい。
…………。
その、勝手に飛び出したりして。


もう一度……もう一度、いっしょに旅してくれる?

………………。
――ロイズ?
……ふん。

まあ、オレとララミは聖剣に触れられないし、レニもすっ飛んでったし……。せっかくのお宝を使えるメンバーがいないと、都合が悪いしな。

ロイズ……。ありがとう。
――――気持ち悪ぃんだよ、おまえがしおらしい(、、、、、)と。
ふふっ、そう?

じゃあずっとしおらしくいようかしら?

……お兄ちゃん、照れ隠しヘタだったんだね。
なっ――

うるせえ誰がだ! その耳ひっこ抜くぞ!

ふふっ――
これで解決……ですかね。


寂しいですがガザリア、またどこかで会いましょう。

シノゥ……ごめんなさい、わがままで振り回して。
そんなことはありませんわ。短いあいだですが楽しかったです。ね?
もちろんです!

またチーズフォンデュみんなで食べるっすよ!

シノゥ、奥太郎――
ロイズさんも。

大きな借りができてしまいました。これはいつかきっと――

体で――
体以外で、返させてもらいますね。
……ちっ。これだからエルフは。
ふふ、舞踊でよろしければいつでも。


ではまたお会いしましょう――ロイズパーティーの皆さん。


ほほ笑むシノゥと別れ、ロイズ、ララミ、ガザリアの3人は一路、カララ温泉へと向かう――。


彼らを乗せた馬車が街道を行く。


――やれやれだぜ。

とんだトラブルに付き合わされたな。

でも聖剣なんてそうそう手に入るものじゃないよ? レアだよ。
……悪魔には嫌というほど効くからな。


こいつが調子に乗らなければいいが。

の、乗らないわよ。

私だって、今回のことで思うところはあったんだから。

まあ、もっと戦力になってもらわないとな。

おまえなんか、すぐにあのエルフに追い越されるぞ。伸びしろならあっちのほうが圧倒的に上だしな。

うう……そういうことを平気で言う……
お兄ちゃん、デリカシーないよ!
事実だろ?


あのエルフ、これから千年単位で生きていくんだからな、まだようやくよちよち歩きってとこだ。たぶん16、7歳ってくらいだしな。

――――へ? 17?

私と同じくらい? そんなわけないでしょ、エルフって長命で――

そりゃ長命種だが。

だからって、どいつもこいつも何百歳ってわけじゃねーだろ。生まれたてなら0歳だ。

そ、そうかもだけど……!
だから、あいつはやっと体が育ったばかりのお子様なんだよ。

そのくせあの魔力……だからエルフは嫌いなんだ。

わ、私も頑張らないとね……。


あ!! そうだ!

なんだ、急に大声出して。
ロイズ!

あなた、どさくさに紛れて私の胸を揉んだでしょ!? 何度も何度も……!

いやいや、あれは緊急事態だろ。

危機を脱するために仕方なくだ。


……まあ、弾けるような弾力と先端の余韻はしばらくこの手に……ってオイ! ちょっと待て。鞭を構えるな。それマジで痛いから!


――ララミ! おまえも包丁取り出すな!

だから、おい、あっ、あ、


アーーーーーーッ!


カララ温泉へ向かう街道で、悪魔の悲鳴と鞭の音が高らかに響きわたるのであった。



◆ガザリアは聖剣ワークライフバランスを手に入れた!

◆ガザリアがふたたび仲間になった!



(第2部 完)


(第3部につづく!)


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ロイズ

不労所得をこよなく愛する悪魔。今は仕方なく勤め人に身をやつしている。
属性:怠惰

ララミ

ロイズの妹。非悪魔的思考をつかさどる悪魔。兄とは正反対で品行方正。
属性:色欲

ララミ(人間界バージョン)

非悪魔的なルックスで兄を困らせる。
そうび:出刃包丁

ガザリア

ロイズとともに選ばれた勇者の1人で、旧王家の末裔。驚異の胸囲を持つ17歳。
属性:傲慢

レニ

すえは大魔法使いとウワサされる少女。誰がウワサしているのかは知らない。実は人肌が恋しくて仕方がない。
属性:暴食

シェリー

ロイズの上司。悪魔的勤勉さでもって、若くして管理職にのし上がった有能な悪魔。
属性:強欲

魔王

部下を地獄の業火で焼き尽くすのが趣味。でも夜はM。
属性:??

ゴラザイアス

魔王の秘書。低級モンスターだが、その爪は一撃で人間の頭部を砕くことができる。しかし背が低いので頭部に届いたことはない。

使い魔(ヘビ)

残業が好き。

シノゥ

エルフ族の勇者。もと踊り子らしいが……?

属性:??

エンディ・ローンズ

もとトレジャーハンター。たぶん蛇とか苦手。

奥太郎

健全なオーク。同族からは知能派美男子と呼ばれる人気者。じつは簿記2級のスゴ腕。

カイト

温泉街のアルバイター。人を探している。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色