第50話 悪魔的エルフ

文字数 2,648文字

きゃ、あああっ!?
ほいっと――!
大丈夫かい、ガザリアのお嬢ちゃん。


天井から降ってきた刃の雨を、愛用の鞭でかるくなぎ払って、エンディは笑ってみせた。


ここのトラップはたちが悪い。ガザリアはそのトラップを『踏んだ』という感触すらなかったはずである。だが、足を置いた床がほのかに光るのと同時、石造りの天井が開いておぞましい形状のナイフが彼女の頭上に降りそそいだのである。


驚くべきはエンディの鞭さばき。この手のトラップには慣れている、ということもあるのだろう。伊達にトレジャーハンターを名乗っていただけのことはある。


ガザリアは安堵のため息を漏らす。


え、ええ。ありがとう……。
しかし、奥に進むにつれてトラップは過激になっていく一方ですね。もしもエンディさんの知識と経験がなければ――


なんて思うと、ぞっとします。

はっは、褒めてもボーナスなんて出ないぞ。
そうだ、金にならないことはするもんじゃねぇぞ。


……しかもシノゥ、おまえさっきから何もしていないんじゃないか? 勇者だって言うんならそれなりの能力を見せてみろよ!

ふふ、そうですね。


……ただ……。

…………。
あー……。
ま、シノゥもロイズにだけは言われたくないわな。


一同は……


奥太郎に背負われたロイズに視線を集める。


まさか、本当に実行するとは。
あのな、こう見えてもキツいんだぞ? しがみつくのに腕力使うし。こいつの体臭にも頑張って耐えてるんだ。むしろ褒めろ。頑張り屋のオレを褒めたたえろ!
うっわ、ひでーっすね、この人……。
……今度トラップに()ったら遠慮なく差し出しちゃっていいから、奥太郎。
うっす……。
ふ、ふはははは……!

そう上手くいくかな? 他人のスネをかじって生きるプロだぞオレは!

やなプロ。
まあ、そんなに奥太郎と肌を重ねていたいのですね? うふふ。
……おーい、さっさと行くぞー。


さすがのエンディも呆れ気味に――そして、なかば警戒薄く――次の部屋への扉に手を掛けた。


その不用意な行動が命取りだった。


トラップが反応する。頭上からまたしても黒々とした何かが降り注いだ。


うおおっ!!?
エンディ!?
……って、なんだこりゃ。蛇か。はっはっは――


平気そうに振る舞うエンディだったが、次第に顔が青ざめ、ガクガクと震え出す。その段になってようやくエンディは――叫んだ。


へっ、へっ、へ……へびぃいいいいいいいいいい!?
え、エンディさん?
蛇っ! うおっ、おっ、おっ、おおおおおおおおぅうう???
お、落ち着いてくだせぇ! それは毒のない種類の――
あー、ありゃダメだな。パニックになってる。
おい、微エロエルフ。
はい、何でしょう?
……シノゥ、普通に答えちゃうのね……。
お前、見たところ魔法使いか回復術士ってところだろう? なんとかしてみろよ。
ああいえ、私、そういうのは無理なんです。
は?

じゃあその杖は?

これは――
そうですね『調整弁』――とでも言いましょうか。
調整弁?
ふふ、乙女の秘密です。
ちっ。けっきょく役立たずかよ。


……仕方ねぇ。このままじゃ先に進めないしな。行け、緑肌くさ男。

あ、あっしは奥太郎ですってば!
前進だ、エンディに近づけ。
うう、抗議は無駄なんすね……。


混乱して振り回されるエンディの鞭をかいくぐりながら、奥太郎は指示通りエンディに触れられる距離まで近づく。


ロイズが腕を伸ばし、トレジャーハンターの額に指を突いて――


 レイジーボルテクス

〈怠惰の渦〉――
うおおおお、お、……おお?


暴れ回っていた中年男は、気の抜けたように座り込む。


よし、やっと出番だぞ助手! さっさと蛇を遠ざけろ!
はいっ先生!
って、誰があんたの助手よ!!
でも……言うことはちゃんと聞くんすね……。
あーもう、だからあいつと一緒はいやなのよ……


愚痴を吐きながらも、ガザリアは剣の鞘を器用に使って、いそいそと蛇を取り払う。


奥太郎の指摘したとおり毒のない種類のようで、性格もおとなしい蛇たちは、ガザリアに噛みつこうとするでもなく、大人しくなされるがままになっていた――が。


…………ん?


体長20センチほどの蛇たちが、奇妙にうごめき出す。数は10。苦しんでいるようだ、口を大きく開き、びくびくと震えだした!


ガザリアの姐さん! 逃げるっす!!


蛇の背中が同時に裂ける。中から粘液にまみれた凶暴な爬虫類がぬるりと鎌首をもたげた。


ふしゅるるる――


ロイズたちを見下ろすそのモンスターは、もとの蛇とは比べものにならないほど体積が増大している。


うろこに覆われた青い胴体。狂気に満ちた赤い瞳――



こ、小型のドラゴン?!
こいつら――?!


まだ呆然とするエンディ、突然のことに固まるガザリア、そして奥太郎とロイズを取り囲み――


蛇から産まれたドラゴンが牙を剥く。


た、助けてくだせぇ! シノゥの姉御!!
あらあら。

ふふ、そうですね、その数――少し厄介ですね。


言うと、シノゥは杖を持ったまま踊り出した。


あのふわふわエルフ、一体何を――
いいのよ!
シノゥが本気を出すわ!
シノゥの姉御は、踊り子が本職なんす!!
はぁ?
――――。


流水のような舞である。よどみなく迷いなく、薄暗いダンジョンで舞うシノゥの周囲に、ほのかな燐光が見える。


この光……魔力? いや、何だ、これは――
屈せよ――


  マスカレードレイド

〈貴妃之香〉!


シノゥが唱え、意思を持った燐光がドラゴンの群れを絡めとる。


ふしゅ、るるる……


たちまち凶暴なドラゴンたちは頭(こうべ)を垂れ、シノゥにすり寄っていく。シノゥは、無力化したモンスターの額を慈愛げに撫でてやる。


魅了……? つっても相手はドラゴンだぞ。この威力、ほとんど根源魔法じゃねぇか――ふん、そこはさすがに、腐ってもエルフか。
――って、おい?!
ぐへ、ぐへへへ……シノゥの姉御ぉ……♡


背負っていたロイズを振り落とし、目をハートに輝かせた奥太郎もシノゥに引き寄せられ、なでなでをおねだりしている。


あ、ああ……シノゥお姉さまぁ……♡
お前もか!!


左右にガザリアと奥太郎をはべらせ、ドラゴンたちを取り巻きに、ゆったりとした笑みを浮かべるシノゥは――


何だかもはや、ダンジョンのラスボスのような風情である。


ちっ、そうか。エルフとオークが仲良く旅してるなんておかしいと思ったんだ。


――シノゥ、お前この手でこいつらを籠絡したな?

うふふ、籠絡だなんて。ほんの少しだけ――ロイズさんより人望があるだけですよ。
…………。


腰を抜かしたままのエンディを振り返り、それからうしろ頭をかいてロイズは、このパーティーでダンジョンに臨んだことをようやく後悔しはじめていた。


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登場人物紹介

ロイズ

不労所得をこよなく愛する悪魔。今は仕方なく勤め人に身をやつしている。
属性:怠惰

ララミ

ロイズの妹。非悪魔的思考をつかさどる悪魔。兄とは正反対で品行方正。
属性:色欲

ララミ(人間界バージョン)

非悪魔的なルックスで兄を困らせる。
そうび:出刃包丁

ガザリア

ロイズとともに選ばれた勇者の1人で、旧王家の末裔。驚異の胸囲を持つ17歳。
属性:傲慢

レニ

すえは大魔法使いとウワサされる少女。誰がウワサしているのかは知らない。実は人肌が恋しくて仕方がない。
属性:暴食

シェリー

ロイズの上司。悪魔的勤勉さでもって、若くして管理職にのし上がった有能な悪魔。
属性:強欲

魔王

部下を地獄の業火で焼き尽くすのが趣味。でも夜はM。
属性:??

ゴラザイアス

魔王の秘書。低級モンスターだが、その爪は一撃で人間の頭部を砕くことができる。しかし背が低いので頭部に届いたことはない。

使い魔(ヘビ)

残業が好き。

シノゥ

エルフ族の勇者。もと踊り子らしいが……?

属性:??

エンディ・ローンズ

もとトレジャーハンター。たぶん蛇とか苦手。

奥太郎

健全なオーク。同族からは知能派美男子と呼ばれる人気者。じつは簿記2級のスゴ腕。

カイト

温泉街のアルバイター。人を探している。

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