第50話 悪魔的エルフ
文字数 2,648文字
天井から降ってきた刃の雨を、愛用の鞭でかるくなぎ払って、エンディは笑ってみせた。
ここのトラップはたちが悪い。ガザリアはそのトラップを『踏んだ』という感触すらなかったはずである。だが、足を置いた床がほのかに光るのと同時、石造りの天井が開いておぞましい形状のナイフが彼女の頭上に降りそそいだのである。
驚くべきはエンディの鞭さばき。この手のトラップには慣れている、ということもあるのだろう。伊達にトレジャーハンターを名乗っていただけのことはある。
ガザリアは安堵のため息を漏らす。
一同は……
奥太郎に背負われたロイズに視線を集める。
さすがのエンディも呆れ気味に――そして、なかば警戒薄く――次の部屋への扉に手を掛けた。
その不用意な行動が命取りだった。
トラップが反応する。頭上からまたしても黒々とした何かが降り注いだ。
平気そうに振る舞うエンディだったが、次第に顔が青ざめ、ガクガクと震え出す。その段になってようやくエンディは――叫んだ。
混乱して振り回されるエンディの鞭をかいくぐりながら、奥太郎は指示通りエンディに触れられる距離まで近づく。
ロイズが腕を伸ばし、トレジャーハンターの額に指を突いて――
暴れ回っていた中年男は、気の抜けたように座り込む。
愚痴を吐きながらも、ガザリアは剣の鞘を器用に使って、いそいそと蛇を取り払う。
奥太郎の指摘したとおり毒のない種類のようで、性格もおとなしい蛇たちは、ガザリアに噛みつこうとするでもなく、大人しくなされるがままになっていた――が。
体長20センチほどの蛇たちが、奇妙にうごめき出す。数は10。苦しんでいるようだ、口を大きく開き、びくびくと震えだした!
蛇の背中が同時に裂ける。中から粘液にまみれた凶暴な爬虫類がぬるりと鎌首をもたげた。
ロイズたちを見下ろすそのモンスターは、もとの蛇とは比べものにならないほど体積が増大している。
うろこに覆われた青い胴体。狂気に満ちた赤い瞳――
まだ呆然とするエンディ、突然のことに固まるガザリア、そして奥太郎とロイズを取り囲み――
蛇から産まれたドラゴンが牙を剥く。
言うと、シノゥは杖を持ったまま踊り出した。
シノゥが唱え、意思を持った燐光がドラゴンの群れを絡めとる。
たちまち凶暴なドラゴンたちは頭(こうべ)を垂れ、シノゥにすり寄っていく。シノゥは、無力化したモンスターの額を慈愛げに撫でてやる。
背負っていたロイズを振り落とし、目をハートに輝かせた奥太郎もシノゥに引き寄せられ、なでなでをおねだりしている。
左右にガザリアと奥太郎をはべらせ、ドラゴンたちを取り巻きに、ゆったりとした笑みを浮かべるシノゥは――
何だかもはや、ダンジョンのラスボスのような風情である。
腰を抜かしたままのエンディを振り返り、それからうしろ頭をかいてロイズは、このパーティーでダンジョンに臨んだことをようやく後悔しはじめていた。