第57話 悪魔的手つき

文字数 2,643文字

この豚ぁ……!

魅了が効いてやがらねぇのか……!


抵抗するも、ジグの取り憑いたシノゥの腕はあまりに非力だ。


とはいえ――


奥太郎も、血まみれで満身創痍である。


アンタのおかげっすよ、腹にちょっとばかり穴が開いたおかげで――アンタには操られずに済んでるようっすね……!


魅了の魔力を押し返すほどの激痛のなかで、奥太郎はさらに叫ぶ。


それにシノゥの姉御には、もとから魅了されてるんすよ……! オークの里にやってきたときから、その人に……!
けっ! この性欲オークが生意気な……!
そりゃあシノゥの姉御はブサイクっす!!
………ああん?
ひょろひょろのガリガリ、尻も小さくてまったくイイトコロなし!!
…………。
それでも魅了されたんっす! 美しいと思ったんす!!
そりゃあそうだろうよ! それがこのエルフの唯一の取り柄――
楽しそうに踊ってたじゃないっすか、ねえシノゥの姉御!! 魅了の魔法なんて姉御は要らなかったかもしれないけど、あの踊りだけは別なんじゃねぇっすかい!?
……自分も、姉御の気持ちはよく分かるっす。


こんな美男子に生まれついちまったせいで、小さい頃から女たちは次々と言い寄ってきて……

…………。

オークの美基準……。

おまけに里で一番の切れ者!! 腕っ節も強いときた! どれもこれも天賦の才能なんす……自分は、何もしなくても生まれながらにして王者だった!!
だから、シノゥの姉御の苦悩が痛いほどよく分かるんす!!


姉御は……いつも笑顔だ。でも寂しそうだ……! 自分じゃどうにもできないのかも知れないっす、ただお(そば)に仕えるしか出来ない――ですが!

きっかけなんてどうでもいいんす、それが例え姉御の魔力のせいでも――それでも自分は! いまの自分は!
ひひひ……おいおい、うるせえし臭えしダセぇぞこのオーク野郎――
うるせぇっすよ!

てめぇには話してねぇんすよ、このクソ悪魔!!

ああっ――?!
自分は姉御に――

自分の、大切な――仲間に話しかけてるんすよ!!

ねぇ、シノゥの姉御!!

あんたが自分を選んだのが、たとえ偶然でも、気まぐれでも、打算でも――なんでもいいんす。いま、あんたのそばに居て、これからもそばに居たい―――そう思うのが、自分なんすよ!!
――――っ
自分らは最高のパーティーっす!!


姉御は……最高の姉御っす!!!

ひひ、なにを無駄な――
――――さい
…………あァ??
――――うるさいのよ、人の体で、(かん)(さわ)るっ……
姉御っ?! 意識が……!
………黙るのはテメェらだよぉ、この腐れコンビどもがぁ……!
拮抗、してるのか――?
あ、……あ、あああああっ!!!


魅了の魔力が渦を巻いた。


ほのかに光るその魔力の渦は、シノゥ自身を囲むように密度を増す。


ああん!? 何のつもりだこの――
私は弱い……! 私は非力だ……自分の力ひとつで、悪魔(あなた)を追い出すことすらできないっ!
奥太郎の言葉がなかったら……抵抗すらも!
姉御っ……!
……そうです、受け入れるのが怖かったのです……! 魅了の力以外、何もない私自身をっ――!
悪魔(あなた)の言うように、他人を踊らせる力量すらなかったのでしょう――!


けれど――今は――それでも!

私には、奥太郎と、この魅了の魔力しかないのだとすればっ!


私は――私を魅了する!!

悪魔(あなた)を追い出せるだけの力を――


その行為を――

その闘争を――

その勝利を――


私は私に命ずる―――!!


シノゥの咆哮が魔力を高める。


自身を魅了する(、、、、、、、)ことで悪魔の支配から脱する――


異常を異常で上書きする。


あまりに分が悪いその無鉄砲な賭けに――ロイズは乗った(、、、)


……【ウインド】!!


ガザリアとエンディの鞭に打たれながらも、ロイズは風の魔法を発動させた。


シノゥの足下から風が逆巻き、ドーム状に壁をつくる――魅了の魔力を一点に集中させるための外壁だ。


気合い見せてみろ、シノゥ!!
やるっすよ……姉御!!
あああああっ――!!


舞え――

貴妃之香(マスカレードレイド)〉っ!


魔力の奔流(ほんりゅう)

風の外壁が内側から押し出されて砕け散る。


ごうという暴風が遺跡に吹き荒れ、刹那の静寂が残される。そして――


ぐ………
ふ、ざけるなよこのクソ虫どもがぁああっ……!?


ジグの霊体がシノゥの肉体からはじき出されて宙に舞う。


――今だ、ガザリア!


ジグによる魅了は解けたはずだ。ロイズは聖剣WLBを構えるガザリアに(げき)を飛ばす。


――が、


――――……。


まだ彼女は自失としている。


なにか、衝撃(ショック)が必要なのかもしれない。腹を貫かれる激痛にも似た、なにか……。


こ、の……っ!


ロイズは死力をしぼってガザリアの背後に回り、するするっと器用に両手を胸にすべりこませ、


さっさと目を覚ませ!

このロケットおっぱい!!


悪魔的手つきでガザリアの胸を揉む! 揉む! 揉む!!


ふ――

ふああああああっ!??

何するのよ――

この、バカ悪魔ぁっ!!


ほとんど反射的に振りまわされた純白の鞭――聖剣WLBは、美しい軌道で悪魔ジグの霊体をとらえた!


が、あああああっ――!!?


霊体はあくまで霊体――ジグの本体ではない。だが彼の精神そのものでもある。本体の精神を分裂させ、自在に操るのがこの術である――。


痛みは本体と共有される。ダメージを与えられる。しかも、まさしく『精神そのもの』を叩き直す聖剣WLBであればなおさらだ。


苦痛にもだえるジグは通路へ逃れようとする。


に、逃げるっす……!
待て――何か来るっ!


ジグの待機していた部下――巨大なドラゴンが通路の闇から飛び出してきた。


ジグ様っ!


大口を開け、霊体のジグを呑み込む。


逃げる気か……!


身構えるロイズたちに、しかし行動を起こす余裕は与えられなかった。


竜の現れた通路から、そしてさらに、別の通路からも使い魔とおぼしき小型のドラゴン――先の部屋で現れたのと同種のモンスターが数十匹、大挙してこの聖櫃の部屋へとなだれ込んできた……!


またこいつらかっ――!
う、おおおおおおっ――!!?


正気を取り戻した途端混乱に突き落とされた、あわれなエンディのことなど気に掛ける余裕もなく、ロイズは巨竜のほうへと身を向ける。



巨竜はロイズたちには目もくれず、ジグを体内にかくまったまま、身をよじらせ上空へと鋭く飛ぶ!


上方――遺跡の天井だ!


く、そったれが――!!


巨竜の突き破った天井が崩落し、左右前後から蛇のごとき竜の群れが迫る――!


毎度毎度――……!


ロイズの総身を黒い魔力が包む……!


手を焼かすんじゃねぇよ―――!!
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登場人物紹介

ロイズ

不労所得をこよなく愛する悪魔。今は仕方なく勤め人に身をやつしている。
属性:怠惰

ララミ

ロイズの妹。非悪魔的思考をつかさどる悪魔。兄とは正反対で品行方正。
属性:色欲

ララミ(人間界バージョン)

非悪魔的なルックスで兄を困らせる。
そうび:出刃包丁

ガザリア

ロイズとともに選ばれた勇者の1人で、旧王家の末裔。驚異の胸囲を持つ17歳。
属性:傲慢

レニ

すえは大魔法使いとウワサされる少女。誰がウワサしているのかは知らない。実は人肌が恋しくて仕方がない。
属性:暴食

シェリー

ロイズの上司。悪魔的勤勉さでもって、若くして管理職にのし上がった有能な悪魔。
属性:強欲

魔王

部下を地獄の業火で焼き尽くすのが趣味。でも夜はM。
属性:??

ゴラザイアス

魔王の秘書。低級モンスターだが、その爪は一撃で人間の頭部を砕くことができる。しかし背が低いので頭部に届いたことはない。

使い魔(ヘビ)

残業が好き。

シノゥ

エルフ族の勇者。もと踊り子らしいが……?

属性:??

エンディ・ローンズ

もとトレジャーハンター。たぶん蛇とか苦手。

奥太郎

健全なオーク。同族からは知能派美男子と呼ばれる人気者。じつは簿記2級のスゴ腕。

カイト

温泉街のアルバイター。人を探している。

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