第32話 悪魔的ギミック
文字数 2,078文字
薄暗い階段の先、扉のすき間から光が漏れている。
彼は珍しく焦っているようだった。なんだかんだ、先の9Fでの戦闘でも、彼は怠けるでもなく、確かに効率的に使い魔たちを処理していったのだ。
先頭を駆けるその背を見あげ、ガザリアは唇をきゅっと引き絞る。
あの扉の先には『悪魔』がいる。本気になった魔王の配下が――。
ロイズは勢いよく扉を開いた。
そこには――
鎖に繋がれ、ぐったりとしたララミと、その隣で愉しそうに笑う悪魔ミストア。
ガザリアはごくりと喉を鳴らす。悪魔の表情は穏やかだが、放つ威圧感は以前遭遇したときとは比べものにならない。
ロイズから聞いた事情によると、あの悪魔はロイズの『本当の任務』を知り、そのうえでなお、ロイズを妨害しているという。
あのレニでさえ緊張しているようだった。
だがロイズは、無防備にミストアへ歩み寄っていく。
僕はね、勤勉な先輩に戻って欲しいんですよ。資料でしか知りませんが、真面目で誠実、きっと仕事にもまっしぐらな、尊敬できる先輩になると思ってます。
同期の悪魔たちはあまりに意識が低すぎる――それではつまらない。張り合いがないんです、今の魔王城には。
ロイズは左右の手に〈怠惰の渦〉を発生させ、なお歩み寄る。
ミストアの尖った爪がララミの頬に触れる。
もと『うさぎ天使』――悪魔ララミの意識はもうろうとしている。
ロイズの肩口で、黒い魔力がゆらめいて見えた。その横顔には、今まで見せたことのない殺意が隠しきれず滲みでている。
ミストアは、どこからか紙の束を取り出す。
ミストアは紙束をこちらに突きだして見せる。
紙の束が、ぼんやりと光る。
■ ■ ■
夜に沈むアーヴの街――。
旅人たちの喧噪でにぎわう繁華街、家族の寝静まる住宅街、カジノで興じる多くの人びと……
その大多数が――少なく見積もっても8割ほどが、突如として目を剥き、胸を押さえ、悶え苦しんだ。
同時に、同じように。
うめき声が街を埋め尽くし、やがて彼らの体から、白く光る球が浮かび、ひとところに吸い寄せられていく。
悪魔カジノの最上階へと――
悪魔ミストアの、その手のひらへと。
ミストアの手にある紙の束――ガザリアにも見覚えがある。
カジノに入ったときに渡された2000G、その借用書だ。
だが、『魂と引き替えに』などという物騒な文言はなかった。それだけは確認していた。
契約書のうち、1枚が宙に浮き、ミストアの眼前に留まる。
ミストアの人差し指に、小さな炎が灯る。
契約書の裏側から、ゆっくりとその炎であぶると……
契約書の余白部分に、淡い文字が浮かび上がった。
遠くて読めないが、おそらくは、対価として魂を捧げるといった内容なのだろう――
ガザリアは胸を押さえ、膝からくず折れる。
ガザリアの視界に最後に映ったのは、うろたえた表情をしたロイズの顔だった。