第32話 悪魔的ギミック

文字数 2,078文字


薄暗い階段の先、扉のすき間から光が漏れている。

――――。
(ロイズ……)

彼は珍しく焦っているようだった。なんだかんだ、先の9Fでの戦闘でも、彼は怠けるでもなく、確かに効率的に使い魔たちを処理していったのだ。

先頭を駆けるその背を見あげ、ガザリアは唇をきゅっと引き絞る。

あの扉の先には『悪魔』がいる。本気になった魔王の配下が――。

………いくぞ。

ロイズは勢いよく扉を開いた。

そこには――

…………。
ふふ――。

鎖に繋がれ、ぐったりとしたララミと、その隣で愉しそうに笑う悪魔ミストア。

…………。

ガザリアはごくりと喉を鳴らす。悪魔の表情は穏やかだが、放つ威圧感は以前遭遇したときとは比べものにならない。

ロイズから聞いた事情によると、あの悪魔はロイズの『本当の任務』を知り、そのうえでなお、ロイズを妨害しているという。

…………。
あのレニでさえ緊張しているようだった。

だがロイズは、無防備にミストアへ歩み寄っていく。

泣いて謝るなら許してやるぞミストア……今なら10万Gでな。
あはは、先輩が魔王城に戻ってくるなら考えてあげますよ。
男に好かれても嬉しくないんだがな。
僕はね、勤勉な先輩に戻って欲しいんですよ。資料でしか知りませんが、真面目で誠実、きっと仕事にもまっしぐらな、尊敬できる先輩になると思ってます。

同期の悪魔たちはあまりに意識が低すぎる――それではつまらない。張り合いがないんです、今の魔王城には。
ふん……。
それは『オレ』じゃない。

オレはこれから先、ぐーたら寝て過ごすために今努力している。したくもない努力をな。

その生活にララミは必要だ。返してもらう。
家族を――返してもらうぞ。

ロイズは左右の手に〈怠惰の渦〉を発生させ、なお歩み寄る。

おっと、その根源魔法は恐ろしいですね。他人のやる気を奪ってしまう……いいえ、おのれの『怠惰』を押しつける、って感じですか?
あはは、怖い怖い。
怖いですから――それ以上近づかないでください。妹さんの顔に、無惨な傷が残っちゃいますよ?

ミストアの尖った爪がララミの頬に触れる。

ララミちゃんっ!

もと『うさぎ天使』――悪魔ララミの意識はもうろうとしている。

……何をした、ミストア。
ろ、ロイズ……。
ぱぱ……。

ロイズの肩口で、黒い魔力がゆらめいて見えた。その横顔には、今まで見せたことのない殺意が隠しきれず滲みでている。

悪魔がもっとも尊ぶもの――それはなんでしょう?

ミストアは、どこからか紙の束を取り出す。

そう、契約です。

主従契約に雇用契約、それから金銭の消費貸借契約――
…………。
あはは――

ミストアは紙束をこちらに突きだして見せる。

僕はこれをフィオナから、ロイズ先輩の情報と引き替えに入手しました。
この街の住民……そのほとんどが、このたった数日のあいだに悪魔カジノを訪れています。

貴様――
老若男女、誰もが楽しく遊べるカジノ。そこには手痛い出費もなく、暴力もない。
…………。
――ただし、

契約は守っていただく。対価はいただく。

紙の束が、ぼんやりと光る。

……魂という対価をね!

 ■ ■ ■


夜に沈むアーヴの街――。

旅人たちの喧噪でにぎわう繁華街、家族の寝静まる住宅街、カジノで興じる多くの人びと……

その大多数が――少なく見積もっても8割ほどが、突如として目を剥き、胸を押さえ、悶え苦しんだ。

同時に、同じように。


うめき声が街を埋め尽くし、やがて彼らの体から、白く光る球が浮かび、ひとところに吸い寄せられていく。

悪魔カジノの最上階へと――

悪魔ミストアの、その手のひらへと。

あは、あはは――
あはははははは!
愚かなでちっぽけな人間の魂も、こうしてかき集めれば、なかなか食いでがある! 知ってましたか? ロイズ先輩!!
貴様……ララミの魂も
悪魔が相手だけに、食い尽くすには至りませんでしたけれどね。

でも……
とっても美味でしたよ、先輩の妹は……!
っ――!!
なんで……ララミちゃんはそんな契約なんて……だって、あれは!
ミストアの手にある紙の束――ガザリアにも見覚えがある。

カジノに入ったときに渡された2000G、その借用書だ。

だが、『魂と引き替えに』などという物騒な文言はなかった。それだけは確認していた。

……そうだ、悪魔にとって契約は尊重されるべきもの。ニセモノの契約では、魂の受け渡しのような重要な効力は発揮されないはずだ。
ニセモノ? あはは、これはしっかりきっかり、ねっとりと本物ですよ?

契約書のうち、1枚が宙に浮き、ミストアの眼前に留まる。

あれは……私の!
ばっちりと書いてあるじゃないですか。

このように――ね!
ミストアの人差し指に、小さな炎が灯る。

契約書の裏側から、ゆっくりとその炎であぶると……

まさか――

契約書の余白部分に、淡い文字が浮かび上がった。

遠くて読めないが、おそらくは、対価として魂を捧げるといった内容なのだろう――

そう!

これは悪魔みかん汁によるあぶり出し!
ちっ、なんてレトロな技術を……!
あ、ぐっ……!?

ガザリアは胸を押さえ、膝からくず折れる。

お、おい!
ガザリア……!
ロイ、ズ……

ガザリアの視界に最後に映ったのは、うろたえた表情をしたロイズの顔だった。

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登場人物紹介

ロイズ

不労所得をこよなく愛する悪魔。今は仕方なく勤め人に身をやつしている。
属性:怠惰

ララミ

ロイズの妹。非悪魔的思考をつかさどる悪魔。兄とは正反対で品行方正。
属性:色欲

ララミ(人間界バージョン)

非悪魔的なルックスで兄を困らせる。
そうび:出刃包丁

ガザリア

ロイズとともに選ばれた勇者の1人で、旧王家の末裔。驚異の胸囲を持つ17歳。
属性:傲慢

レニ

すえは大魔法使いとウワサされる少女。誰がウワサしているのかは知らない。実は人肌が恋しくて仕方がない。
属性:暴食

シェリー

ロイズの上司。悪魔的勤勉さでもって、若くして管理職にのし上がった有能な悪魔。
属性:強欲

魔王

部下を地獄の業火で焼き尽くすのが趣味。でも夜はM。
属性:??

ゴラザイアス

魔王の秘書。低級モンスターだが、その爪は一撃で人間の頭部を砕くことができる。しかし背が低いので頭部に届いたことはない。

使い魔(ヘビ)

残業が好き。

シノゥ

エルフ族の勇者。もと踊り子らしいが……?

属性:??

エンディ・ローンズ

もとトレジャーハンター。たぶん蛇とか苦手。

奥太郎

健全なオーク。同族からは知能派美男子と呼ばれる人気者。じつは簿記2級のスゴ腕。

カイト

温泉街のアルバイター。人を探している。

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