第２話 悪魔的訓示
文字数 1,159文字
ロイズはとうとう布団から出て、悪魔アパートのせまい茶の間に正座する。
「勇者になれ」って、どういうことですか、シェリー課長。
勇者って、あの、魔王様を倒そうとする命知らずな人種のことですよね？
もちろん、その『勇者』よ
正義を貫き、悪をくじく。困った人びとに救済の手を差し伸べ、いっさいの見返りを求めない――
ぎゃ、ぎゃぁああ！ なんて、なんて恐ろしい話を朝から！ やめてくださいシェリー課長！
慈愛に満ちた精神と、日々の鍛錬で磨きあげられた鋼の肉体、神聖で静謐な魔力――
うへええええ！
すごい……あこがれる
おい妹よ！ 悪魔のささやきに惑わされるな！
みんな悪魔だよ
そうだった……。
いやいや、非悪魔的な行為にあこがれるなんて、悪魔としてあるまじきことだぞ？ だからお前はいつまで経っても一人前になれないんだ
お兄ちゃんを一人前と呼ぶなら、私は半人前でいいよ。むしろマイナス一人前を目指すよ
……ごほん｡
シェリー課長。勇者みたいなおぞましい存在になれって、意味が分かんないんですけど？ そんなモンになるくらいなら、オレは誇らしい無職の道を選びます。胸を張って！
その道は行き止まりだよお兄ちゃん……
大丈夫だ妹よ、いまオレはひそかに悪魔的ウェブ小説を執筆している！ じきに出版社からオファーが来て、オレたちは悪魔印税で大金持ちだ！
迷宮だよ、もはやそっちは迷宮だよお兄ちゃん
兄妹でイチャイチャしてるとこ悪いけど
そ、そんなシェリーさん！ お似合いのラブラブ兄妹だなんて！
…………。
いま、人間界では勇者候補の選定が行われているの。有能な人材を集めて、勇者の称号を授け、魔王様を打倒しようとしている。
まあ、人間ごときにやられる魔王様ではないけれど、万が一ということもあるわ。冒険を続けるうちに成長し、魔王様に肉薄する勇者も現れるかもしれない――
はあ、……じゃあ、候補生を片っ端からぶっ殺せばいいのでは？
言うほど簡単ではないのよ。ここ数百年で人間も力を付けてきているし。
……それに何より、あなた、魔王様の性格は知っているでしょう？
ああ……そういえば、新人悪魔への訓示で何か言ってたような……
・
・
・
『余は人間の苦しむさまが何よりの愉悦である。その次に、部下が苦しみ、悶える姿だ。寝るな、食うな、働け！ それが我が社の方針である！』
・
・
・
なんというブラックな……
闇の魔王様だからな。えっと、それから――
『人間の絶望は余の力になるのだよ。そして、絶望のキモは落差にこそある！ まがい物の希望を与え、うたかたの喜びに浸らせ、そのあとで絶望のどん底にたたき落とすのだ！
……あ、新入悪魔の諸君。毎年昇給があると言ったな？ アレは嘘だ。５万年据え置き』
魔王訓示の会場、いっきに阿鼻叫喚の地獄と化したよなぁ……
……お兄ちゃんが出社拒否する気持ち、ほんの少しだけ分かったよ
