ゴラザイアスの受難
文字数 2,169文字
魔王の執務室前で、クマのモンスターがドアを叩く。
――しかし返事はない。
するとようやく、ドアの向こうからくぐもった声が聞こえてきた。
これは合言葉だ!
たしか今週の合言葉は――
ドアが内側から勢いよく開かれる。
現れたのはこの城のあるじにして闇の盟主――そして、ブラック企業の社長である魔王だ。
短い手足をじたばたさせ、クマの秘書は魔王のあとを追って入室する。
ゴラザイアスは、魔王のジョークひとつのために秘書に抜擢された低級モンスターだ。
が言いたいという、ただそれだけのしょうも無い理由で雇われた悲しいクマなのである。
――いや、理由ならもうひとつ。部下のエリート悪魔たちに、
と、げっそりさせるための重要な役割もあったりする。他の社員と比べ、秘書の給料は1.5倍くらいあるうえ、福利厚生も充実しているのである。
秘書業もなかなかの過酷労働なのだが、しかし体力はあるので、けろりと耐えてしまえるゴラザイアスなのであった。交代の激しい魔王の秘書職にあって、歴代最長の経歴を誇っている。
魔王の指示で、ゴラザイアスは悪魔人事課に内線をかけて、課長のシェリーを呼びつけた。
彼女は他の社魔とはひと味違い、デビル残業をすることなく今の地位まで登りつめた変わり種だ。要領の良さなら魔王城イチだろう。
しまった!
シェリーとゴラザイアスは引き際を誤ったことに気づき、顔を合わせて戦慄した!
魔王室の片隅には、即席のカウンターと厨房が備えつけられている。
コンロの寸胴では、とんこつのこってりした臭いと、スーっとしたミントの香りが混ざり合った、なんとも悪魔的なスープが煮えたぎっている。
実は小麦粉からこだわっていてね。
『悪腕DASH(あくわんダッシュ)』――というテレビ番組は知っているだろう? あの5人組に、畑から作らせた特製の麺と、やはり彼らがこだわりにこだわり抜いた奇跡のスープをベースにしているのだ!
楽しそうに湯切りする魔王の背中に、シェリーたちはいっそう青ざめる。
指先からほとばしる謎の魔法!
なんとゴラザイアスはシェリーの姿に変えられてしまった!
こうしてゴラザイアスの受難は続く……。
なお、ゴラザイアスはメスである。