十四 足取り

文字数 1,850文字

 大伝馬町の自身番から山形屋吉右衛門の店がある小舟町へ歩いた。
 六助が浮いていた堀の東に新材木町を見ながら、唐十郎は説明した。
「山形屋の主が店の者に何も告げずに出かけていたとなると、六助の件に主が関係していたと考えられます」
 山形屋吉右衛門が六助に荷運びを依頼して、六助がそれを何処かへ運んだ。そして日本橋室町の方向から田所町の亀甲屋の方角へ戻る途中、新材木町辺りで殺害された。

「儂もそう思っていた・・・。
 六助はここで米を買って、小網町の河内屋で味噌と醤油を買った・・・。
 山形屋が六助に何か頼まなかったか聞きたいが、今夜が通夜の山形屋ではいたしかたない。日を改めよう。後日、河内屋で、主に何かなかったか、訊いてみよう」
 徳三郎と唐十郎は小舟町の山形屋の前を通り過ぎて、味噌問屋河内屋庄三郎がある小網町へ六助の足取りを追って歩いた。

「日野様!」
 山形屋から店の者が走ってきた。
「山形屋の手代の与平と申します。番頭の久市がこれをとの事でした」
 徳三郎に書き付けを渡して、手代の与平は走り戻っていった。 

 山形屋から離れると徳三郎は書き付けを開いた。
 書き付けによれば、六助が米を買いに来た時、山形屋の主の吉右衛門は、六助に何かを運ぶように頼んでいた。その荷が何で、何所へ運ぶのか、番頭の久市は知らなかった。主に訊いても、私用で店に関係ない、と言うので、番頭の久市は気にも留めなかった。この事は先ほど聞き込みに来た町方には話していない、との事だった。

「ともかく河内屋へ行きましょう」
 唐十郎は味噌問屋河内屋も六助に荷運びを依頼している気がした。

 小網町の味噌問屋河内屋庄三郎に着くと、番頭の富吉が手代の三平に、店先の上り框に座布団と茶菓を用意するよう指示するのを制して、徳三郎は立ったままに訊いた。
「六助は何を買ったか」
「味噌と醤油です」
「その時、六助に何か頼んだか」
「味噌と醤油を得意先へ届けるように頼みました。毎月の事です。山形屋さんからも頼まれているとの事でした」
「毎月の配達か」
「さようでございます」

「山形屋の荷とこの店の荷は、届け先が同じだったのではないか」
 唐十郎はふと思いついてそう訊いた。唐十郎の言葉に、番頭の富吉が驚いた。
「よくご存じですね。山形屋さんでお聞きですか」
「届け先を教えてくれぬか」
「わかりました・・・」
 番頭の富吉は本舟町から室町にある大店(おおだな)の名をあげた。

「町方に届け先の話をしたか」
 番頭の富吉の口振りから、町方に届け先を話していない、と唐十郎は判断した。
「話しておりません。日野様たちはどのような・・・」
 番頭の富吉は、特使探索方の徳三郎が動いているのを不審に思っているようだった。
「うむ。酔った挙句の事故が続いて町方も多忙でな。一応、御上への報告もあるゆえ、事故までの辻褄を、何度も確認しておるまでじゃ。忙しい折にすまなかった」
 徳三郎は番頭の富吉に礼を言って河内屋を出た。

 河内屋の番頭の富吉によれば、六助が荷を運んだ得意先に、御店ではない町屋があった。本舟町の鍼師室橋幻庵の家である。唐十郎は小網町から橋を渡って、本舟町へ歩みながら、下手人はこれだと思った。
「室橋幻庵が鍼を使うからと言って、今回の事件と結びつくとは限らん。と言うのも儂らをつけていたあの者たちじゃ・・・」
 藤五郎は香具師の手蔓から六助の足取りを探れるはずだ。如何なる理由から、あの三人に特使探索方を尾行させたのか・・・。
 徳三郎は、いまだ香具師藤五郎の考えを読めずにいた。

「やはり、藤五郎と幻庵の繋がりを探るがの先ですか・・・」
 唐十郎は思案していた。じかに幻庵を問いただせば、幻庵の嫌疑が藤五郎に伝わる。隠密裏に幻庵と藤五郎の関係を探る手立てはないものか・・・。
「昼餉の刻だ。昼餉をすませてから策を錬ろう・・・」
 徳三郎たちは本舟町の鍼師室橋幻庵宅を通り過ぎて、室町一丁目へ歩みながら、飯屋を探して周りを見わたした。

 伯父上と二人で聞きまわっていたのでは目立ちすぎる。藤兵衛たちに探らせたいが、藤兵衛は葬儀後、六助の父太助とともに六助を埋葬する。埋葬がすんで手が空いたら長屋に戻れと伝えてある。藤兵衛たちが探れるようになるのは八ツ半(午後三時)を過ぎるだろう・・・。
「伯父上。昼餉をすませたら、長屋へ戻りましょう」
 あかねは日野道場にいる。お綾は手習いの教授で神田湯島の円満寺だ。長屋なら気兼ねなく事件について語れる。
「では、昼餉をすませて、そうしよう」
 徳三郎は通りを歩みながらそう言った。
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