六 疑問

文字数 1,715文字

「水戸徳川家の家臣でないなら、なぜ、上屋敷留守居役が馬で駆けつけたか解せぬ・・・」
 藤堂八郎は呟いて考えこんでいる。
 仏を調べている医者竹原松月が言う。
「念には念をいれて、家臣でないことを藤堂様に伝えたかったのでござろう。
 ここまで念をいれると、家臣だと言っているようなものじゃ。何か裏がありますな。
 おっと、町医者の戯言(たわごと)とお聞き捨てくだされ。
 さて・・・、死因となった凶器は細い竹ですな・・・」
 そう言って竹原松月は、仏の目の中に残っている竹の筋を、目からずるずる引き抜いた。その長さは五寸ほどだ。
「竹筋の長さからして、握った部位を考えると、竹は長さ八寸ほどはあろう。
 凶器は長さ八寸以上の細い竹ですな・・・。
 死因は目を刺されて頭の中まで竹が達した。
 殺害されたのは、昨夜の宵五ツ(午後八時)過ぎかと。
 日野先生。如何ですか」

「如何にも、松月先生の見立てにまちがいありませぬな。
 ところで、松月先生。仏が何を食っていたか、わかりませぬか」
 徳三郎は、ここまでの仏の足どりが気になった。

「ここで仏になる前、何処に居たかと言うことですな・・・」
 竹原松月は仏の口元に鼻を寄せた。煮付けと酒の匂いがする。
「酒と煮付け・・・」
 竹原松月は仏の口を開けた。上顎の犬歯に何か筋のような物が挟まっている。
「これは蛤ですな・・・」

「仏は蛤の煮付けで酒を飲んだあと、ここで竹で刺されて仏になった・・・」
 蛤の煮付けは煮売屋が扱っている。居酒屋や担い屋台の何処でも手に入る。何処で蛤を食ったかわかぬが、細い竹の正体は、蛤を刺してあった竹串だろう・・・。
「凶器の竹は、蛤を刺してあった竹串であろう・・・。
 藤堂様。仏の刀を確かめては如何か」
 徳三郎はそう呟いた。

 はたと藤堂八郎は気づいた。
 最近、江戸市中で横行している辻斬りがこの者たちの仕業で、それを知った何者かが三人を始末したのなら・・・。やはり、鎌鼬の仕業か・・・。
「岡野。仏の刀を確かめろ」
 藤堂八郎の指示で、同心岡野智永は仏の一人が握っている刀の柄から手を外して、刀を鞘から抜いた。刀は刃毀(はこぼ)れして、その欠けた刀刃に拭き残した血がこびり付いていた。

「他の二人の刀も確かめろ」と藤堂八郎。
 岡野智永と野村一太郎は二人の刀を鞘から抜いた。二振りとも刀は刃毀れして、その欠けた刀刃に、拭き残した血と着物の糸屑がこびり付いていた。
「ここに糸屑がある。犬などの血ではなかろう・・・」と竹原松月。
「先生方の見たてどおり、辻斬りですな・・・」
 藤堂八郎は納得している。

 徳三郎は藤堂八郎に訊いた
「もし、藤堂様が下手人なれば、いつ、竹串を用意なさりますかな」
「仏の三人が蛤の煮付けを食っていたのだから、そのとき、竹串を用意したのであろう。
 あっ、三人が蛤を食った場所に、下手人も居たと言うことですなっ。
 そして、下手人は、三人に襲われるのを見越していたから、竹串を持っていた。
 それが証しに、三人は刀の柄に手をかけていた、と言うことですか・・・」
 藤堂八郎は独り納得している。

「なぜ、襲われるのを見越していたと思いなさるか」と徳三郎。
「刀の刃毀れでござるよ。三人は辻斬りであろう。下手人はそれを知っていたから、竹串を持っていた。そして先手を打った」
「刀を抜くであろう男三人に竹串を刺すには、相手に手が届く所まで近づねばならぬ。下手人はそれ相応の使い手ですな・・・。
 竹串が何処の物か、探らねばなりませぬ」
 徳三郎は医者竹原松月が仏の目から引き抜いた、長さ五寸ほど竹の筋を示した。

「あいわかった」
 藤堂八郎はそう言って、岡野智永と野村一太郎と、水戸徳川家上屋敷から戻った松原源太郎に指示した。
「岡野。野村。松原。仏を自身番へ運べ。
 仏の似顔絵を描いて、居酒屋や担い屋台をあたって蛤を摘まみに酒を飲んだ三人の仏の身元を探れ。三人が酒を飲んだその場に、下手人らしき者が居たか探れ。
 仏がここで何をしていたか、最近頻発している辻斬りと関係ないか、探れ。
 それと、犬が斬殺されなかったかも探れ」
「はい」
 岡野智永と野村一太郎と松原源太郎は手下とともに、引いてきた大八車に仏を乗せて、大伝馬町の自身番へ運んでいった。
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