十 尾行

文字数 1,921文字

 鍛冶鉄の店を出た徳三郎と唐十郎は、正太の長屋がある竪大工町の通りを北へ歩いた。辻を西へ行けば唐十郎や藤兵衛の長屋がある横大工町だ。唐十郎は大伝馬町の自身番を出た時から、毒消し売りと飴売りの尾行に気づいていた。

「伯父上。毒消し売りと飴売りに尾行されています」
 大伝馬町の番屋から尾行されているからには、探索をじゃまする気か。そうなら香具師の一味が六助を手にかけた事になると唐十郎は思った。
「小間物売りもいる。いずれも香具師の手下だろう」
「藤兵衛と正太が六助の実家に居るのをお綾に伝えようと思ったが、やめておきます」
「連絡だけならかまわぬ。儂らをつけるくらいだ。女房たちを人質に儂らを脅すなら、すでに手を打っているはずだ。儂が特使探索方だと調べてあるだろうよ」
 徳三郎はそう呟いた。
「ならば急ぎましょう」と唐十郎。
「うむ」
 唐十郎と徳三郎は小走りに竪大工町から多町の辻を横大工町がある西へ折れた。
 毒消し売りと飴売りと小間物売りが、唐十郎と徳三郎の後を追って辻を曲がった。
 と同時に、強烈な当て身を腹部にくらって、三名はその場に倒れた。

「目覚めたか・・・。何のために尾行しているのか。答えよっ」
 徳三郎は、気がついた毒消し売りと飴売りと小間物売りに特使探索方を名乗って、三名の素性を訊いた。三名とも手首を、刀の下緒と徳三郎が懐にしていた細紐で、後ろ手に縛られている。
「・・・」
「ほほう、何も言わぬか。ならば大番屋へ行ってもらおうかのう」
 大番屋は神田佐久間町、日本橋茅場町や八丁堀、材木町にある留置場である。おもだった町の辻にある自身番と違い、吟味与力による取り調べがあり、仕置きもある。
「・・・」
 三名は口を割らない。
「おぬしたちは、吟味与力の取り調べを知らぬな」
「・・・」
「百叩きか石を抱けば、しゃべる気になろうよ・・・」
 徳三郎は三名に取り調べの様子を説明している。
 
 徳三郎が三名に吟味与力の取り調べを説明をしている間に、唐十郎は通りかかった横大工町の顔見知りの左官の吾吉に、お綾とあかねへ藤兵衛と正太についての伝言を頼んだ。吾吉は徳三郎が特使探索方と知っている。
 吾吉は、六助が亡くなったと聞いて、徳三郎が捕縛した三名に目もくれず、すぐさま横大工町の長屋へ走った。
 まもなく、あかねとお綾が、伝言を伝えた吾吉とともに駆けつけた。
「よいところに来てくれた。与力の藤堂様に知らせてください」
 唐十郎はあかねに事情を説明して、大伝馬町の自身番に居る八丁堀の与力、藤堂八郎の元へ知らせに行かせようとした。
「唐十郎様。女の足では大変です。あっしが行きます」
「そうか。それでは頼みますっ」
「任せておくなせえっ」
 吾吉は走り去った。

 徳三郎は吾吉の後ろ姿を目で示して、捕縛した三名を睨んだ。
「儂の言葉は脅しではないぞ・・・」
「まってくだせえ。話しやす・・・。
 実は、元締めが、六助の死は妙だ、と言って・・・」
 香具師の藤五郎は六助の死を不審に思って、毒消し売りと飴売りと小間物売りに真相を探るように命じたため、三名は徳三郎たちを尾行して真相を探ろうとしていたと話した。小間物売りは、徳三郎たちが室町の小間物屋平助を訪ねたため、品物を卸してもらっている平助から何らかを知ろうとしていた。

 元来、小間物の商いは香具師の縄張りの一部だったが、小間物を作る店が卸しだけでなく、高級品を武家などに商うようになり、香具師一派の辻売りとは別商いになった。
 小間物屋平助のように店を持つ者は昔からの馴染みもあり、辻売りの小間物売りに品を卸すが、小間物屋の店は辻売りの小間物売りに品を卸すだけで、香具師との直接的な関わりはない。


 四半時も経たぬうちに左官の吾吉とともに、与力の藤堂八郎が同心たちを連れて駆けつけた。
「先ほどの話を藤堂様に話してやれ」
 徳三郎に言われて、三名は、徳三郎と唐十郎を尾行していた訳を藤堂八郎に説明した。

 説明が終ると、藤堂八郎は同心たちに三名を見張らせ、その場から離れて徳三郎と唐十郎を呼んだ。
「先生。亀甲屋は探りから外しますか」
 捕縛した辻売り三名の話から、藤堂八郎は、探索の対象から亀甲屋を外して良いと思っている。
「まだ、わからぬ。儂らの目を欺く策かも知れぬ」
 徳三郎は香具師の藤五郎がどういう男か知らない。
 唐十郎が提案する。
「ここは、香具師の藤五郎に話を持ちかけては如何ですか。
 六助の死を殺しと気遣れぬように探っていても、埒が開きません。捕縛したこの三名を特使探索方の手下にして身近に置き、逆に香具師の藤五郎を監視するのです。
 藤五郎は三名を通じてこちらの様子を知れると思い承諾するはず」
 唐十郎は徳三郎と藤堂八郎にそう説明した。
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