十 推察

文字数 1,217文字

 飯を食って馬喰町の居酒屋を出た。
 大伝馬町の自身番への道すがら、岡野は岡っ引き鶴次郎と下っ引き留造に訊いた。
「ところで、二人の香具師の動きをどう見ますか」
 こうしたことで同心が手下に意見を訊く事はめったにない。

 手下の鶴次郎と留造は驚きながらも答えた。
「二人の香具師が、誰かに、三人が仏になったと知らせた。知らせた相手は同じ香具師仲間じゃねえです」と鶴次郎。
 三人は馬喰町の通りから横山町の通りへ歩いた。

「日本橋の縄張りは吉次郎の後釜の福助一味が握っている。
 二人の香具師が日本橋を塒にしているなら、三人が仏になった事を知らせた先は何処だと思いますか」
 岡野は通りの先を見たまま、手下たちだけに聞えるように話した。

「知らせた先は福助一味じゃなくて、藤五郎一味かもしれませんぜ」と留造。
「福助一味に潜入した、藤五郎一味の香具師が、刺客が始末されたと藤五郎一味に知らせたとの考えですね・・・」と岡野智永。

「他に考えられるのは刺客です。仏の三人がこれまでの辻斬りの刺客なら、新たな刺客に、三人が仏になった、と知らせたとも考えられますぜ」と鶴次郎。
「その考えは、福助一味の香具師が、新たに刺客を手配したとの考えですね・・・」

 しばらく考えて岡野智永が言う。
「二人の香具師が藤五郎の一味なら、三人を始末した下手人は、どちらに関係していると思いますか」
「藤五郎一味とは無関係と思います。福助一味とも無関係です。訳は・・・」
 鶴次郎が説明する。
 ここにいた二人の香具師が藤五郎の一味で、下手人も藤五郎の一味なら、三人が仏になった事を、藤五郎一味に知らせる必要はない。
 刺客をさし向けたのが福助一味なら、下手人を使って刺客を始末させるはずがない。従って、二人の香具師が藤五郎の一味なら、下手人は香具師とは無関係だ。

「二人の香具師が福助一味の場合はどうですか」
「下手人は藤五郎の一味の関係者か、あるいは無関係かと・・・」と鶴次郎。

「二人の香具師は下手人を知っていると思いますか」
「ゆっくり飯なんぞを食ってたんだから、知らねえと思います」と鶴次郎。

 岡野智永は考えを述べた。
「仏の三人は辻斬りとみてまちがいありません。
 さて、鶴さんと留さんの考えをまとめるとこうなります・・・。
 その一。
 福助一味に潜入した、藤五郎一味の香具師が、刺客が始末されたと藤五郎一味に知らせた。香具師は下手人を知らないので、のんびり飯を食っていた。下手人は藤五郎一味とも福助一味とも無関係だ。
 その二。
 福助一味の香具師が、新たな刺客に、これまでの刺客三人が仏になったと知らせた。香具師は下手人を知らないので、のんびり飯を食っていた。
 こういうことになりますね。
 いずれにしても、下手人は香具師仲間とは無関係ですね」

「下手人は辻斬りに天誅を下したと・・・」と鶴次郎。
「そのようになりますか・・・」
 岡野智永は口を閉ざした。今は推察だけで鎌鼬の名など言える状況ではない・・・。
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