十一 特使探索方

文字数 1,504文字

 暮れ六つ(午後七時)。
 長屋に帰ると穣之介が来ていた。
「つい先ほど、今回の件で父上が奉行所から特使探索方を仰せつかった。
 奉行所も二つの事件を懸念している。やはり下手人はかなりの凄腕だろう。
 小間物屋から何か聞けたか」と穣之介。
 唐十郎は、平助が聞いた商人たちの触書に関する儲け話を話した。

「やはり、御法度の談合だったか・・・。
 奉行所は商人たちの先走りを気にして、
『奉行所が商人を威圧するため、商人たちの談合潰しに鎌鼬なる刺客をさし向けた』
 と勘ぐられぬように、特使探索方を組織するらしい」
 穣之介は、奉行所の使いが徳三郎に話した、特使探索方の意図を説明した。

「鎌鼬なる者は一度は讃岐屋を救っている。誰も奉行所が刺客を放ったなどとは思うまい」と唐十郎。
「だが、あの一件で抜け荷が発覚して、讃岐屋は(とが)めを受ける羽目になった・・・」
 穣之介は讃岐屋に同情的だ。
 表沙汰にはならなかったが、賊が入って讃岐屋清兵衛の抜け荷が発覚したため、讃岐屋清兵衛は厳しい取り調べを受けた。その結果、一ヶ月の商い禁止と、抜け荷の儲け全てを御上(奉行所)に献上する事で、主の遠島と家族の江戸所払いを免れた。

「奇妙だが、抜け荷の結果なれば、仕方あるまい・・・」
 とは言え、本来の御法度からかけ離れた手ぬるい御沙汰に、納得ゆかない唐十郎である。
「今回の件が、鎌鼬なる刺客による談合潰しなら、この次、手にかけられるのは誰であろうか?」
 穣之介は父徳三郎に話したように、次に殺られる者に目星をつけた方が良いと思った。

 唐十郎も同じ事を考えていた。むやみに事件を追っても解決しない。江戸市中を造り直すには多くの資材と人材が必要だ。それらの調達に多くの商人が動く。今後も談合が行われる可能性は高い。
 唐十郎の意を汲み、藤兵衛が言う。
「江戸市中の修繕となりぁ、材料と人足と食い物、岡場所ですぜ」
「資材はおもに土と石と材木だ。それらを運ばねばならぬ。その他もろもろの工事道具が必要だ。そして、米、味噌、醤油、魚、野菜、そして酒だ・・・・」と唐十郎。
 味噌問屋の甲州屋は味噌と醤油の問屋で、紀州は材木問屋、讃岐屋は廻船問屋である。人足を集める手配師(口入れ屋)は数知れない。

「なれば、次は米と酒と魚だな・・・」と穣之介。
 江戸商人の構成は問屋が頂点である。大店の問屋の下に仲買人がいて、その下に大店から行商までの小売がいる。流通経路が複雑になっても、この三者の関係は変らない。問屋の一声で商品の値は思いのままになる。
 商品を値上がりさせぬため、奉行所は毎月、問屋に商品の値を報告させている。
 商品の値は、問屋に銭を工面する両替屋の貸付金利で変動する。両替屋は米の値で両替する銭と貸付金利を決める。
 つまり、米の値で銭の価値、ひいては商品の値が決まるのである。
 資金不足の問屋は仕入れのため、両替屋から銭金を借りる。大量に仕入れるには大量に銭金を借りるので、市中の問屋に出まわる銭金が増えて、両替屋の銭金が減るため、金利が上がる。金利を上乗せされて、商品の値はさらに上がる。
 すると、これらの不条理を避けるため、幕府が資金を投入する・・・。

「米屋の寄り合いはどこで行われるか、知っているか」
 唐十郎は藤兵衛を見た。
「知りません。明日、調べてみましょう。問屋町のどこですかね・・・」
「藤兵衛。仕事はいいのか」と穣之介。
「鎌鼬をどうにかしませんと、施主もおちおち仕事を頼めねえってもんですぜ」
「ならば、私も同行しよう。なあに、道場は坂本に頼んでおく」
 坂本右近は穣之介に次ぐ剣の腕だ。稽古熱心でいずれ師範代になるであろうと唐十郎も一目置く門下生である。
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