三 鶏飯

文字数 1,228文字

 夕刻。
 唐十郎が日野道場から戻り、唐十郎の長屋で夕餉になった。
 藤兵衛は、昼前に多町の通りで起きた車引き同士の暴動を説明して妙だと言った。
「そうなんですよ。桝屋と井筒屋の名をしゃべったあと、車引きらは口を閉ざしたまんまで、亀甲屋の名は出てこねえんで」
 正太も思いだして呆れている。
 唐十郎は大八車の関係者の連帯責任を思った。
「御触書により、車の引手、持主、雇主も処罰する。町方が調べるだろう」
 定めによって、事件が起こると首謀者のみならず、関係者に連帯責任が負わされる。そのため、江戸の犯罪は少ない。

「亀甲屋は、藤兵衛と正太が特使探索方配下とは知らぬのか」
 大八車の騒動は町方の担当であり、藤兵と正太は、特使探索方を務める唐十郎と伯父日野徳三郎の配下だ。特使探索方の担当は特殊事件である。

「へえ、おそらく・・・。亀甲屋の件は町方に話しておいた方がいいですかね」
「亀甲屋などと|大店らしく名乗っているが、主は日本橋界隈の裏世界を牛耳る香具師の元締めの藤五郎だ。亀甲屋が車引きと雇主になんらかの口止めをしているか、亀甲屋が車を桝屋や井筒屋へ売ったとも考えられる・・・。
 へたに町方に話すと何をされるかわからぬ。桝屋と井筒屋への聞き込みはやめておけ。いずれ町方が明らかにする。今は様子を見た方がよかろう・・・」
 そう話した唐十郎だが、亀甲屋の動きが気になった。

 藤兵衛は大八車の転売などはないと思った。
「しかし、車一台は一両を越えやす。亀甲屋が転売すりゃあ、おそらく二両は取りましょう。そんな値の張る車を、誰が買いやすかね」
「じかに作ってもらう方が安上がりだろうが、香具師に脅されれば、買うやも知れぬぞ」
 唐十郎は、亀甲屋の藤五郎が大店の主たちを脅しているのではないかと考えている。

「それとなく、探るってもんですかね」
 正太が唐十郎に尋ねた。
「藤兵衛と正太は日本橋界隈では知られ過ぎている・・・」
 唐十郎はどうすべきか考えこんだ。
「さあさあ、話はそれくらいにして、食べとくれ。鶏の炊き込み飯がちっとも減ってないじゃないか。正太、酒ばかり飲んでないで、飯も魚もお食べ」
「話がおもしれえもんで、ついつい飲んじまいました。そんじゃあ鶏飯をお願いします」
 正太はお綾に飯茶碗を手渡した。
「藤兵衛さんもいかがですか?」
 あかねが藤兵衛に鶏飯を勧めている。
「へえ、お願いします・・・」
 あかねに飯茶碗を渡して、藤兵衛が恐縮している。

 亀甲屋が大八車を転売して転売先へ車引きをさし向けていれば、暴動を起こした車引きたちが亀甲屋の名を語らなかったのは頷ける。大八車の持主が亀甲屋なら、香具師仲間を使って、藤五郎が車引きたちと枡屋と井筒屋に口止めした疑いがある。この場合、車引きと雇主には嘘偽りの罪状が追加される。大八車の持主の藤五郎には、大八車の持主だけでなく脅しの罪状も追加される・・・。
 そう考える唐十郎に、
「唐十郎様も夕餉をお食べください」
 あかねは笑顔で鶏飯を勧めた。
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