十五 菓子折り
文字数 1,476文字
夕七ツ(午後四時)過ぎ。
藤兵衛と正太が長屋に戻った。
徳三郎は藤兵衛たちに探索結果を説明し、藤兵衛は六助の葬儀で聞き込んだ事を報告した。
「唐十郎様。六助は毎月の給金を親へ届けてました。その時・・・」
徳三郎と唐十郎が聞き込んだように、六助は毎月、親へ届ける米や味噌などを買い求める際、小舟町の山形屋と小網町の河内屋から得意先へ配達を頼まれていた。配達の品は、小網町の河内屋は味噌や醤油だが、小舟町の山形屋は米の他に、甘い良い匂いがする大きめの菓子折りだったと言う。
「何でも、薬湯みてえな移り香が米に残って、けっこう気持ちが和んだと太助のとっつぁんが言ってました・・・。
毎月、上等な菓子を配達してたんですかねぇ。菓子なら、なんで菓子屋が届けねえんですかねぇ・・・」
薬湯と聞いて、徳三郎は、神田佐久間町の町医者竹原松月の力を借りようと思った。
「太助を立ち合わせて、松月先生に確かめてもらう・・・。
太助と松月先生の都合を訊いて日取りを合わせようぞ」
「では、そのように手筈を整えます。藤兵衛、明日、同道してくれぬか」と唐十郎。
「ようござんすよ。正太も来てくれよ」
「わかりました」
炊事場で酒の支度をしながら、正太が答えた。
しばらくすると、あかねとお綾が長屋に戻った。
「ついそこで、あかねさんと会ったのさ。唐十郎様たちも、朝から出たっきりと言うから、もしかしたら、帰ってると思ってねえ・・・。
ぶっそうじゃないかい。今度は山形屋の吉右衛門さんが亡くなったんだってね。
あんたも飲んで、うろつきまわるんじゃないよ。
今日だって六助の葬儀だから、心配で・・・」
お綾は藤兵衛と正太を見て安堵の溜息をついている。
「日野道場で篠様が、伯父上様の帰りは遅くなるでしょうと話していました・・・。
夕餉を支度します。ごゆっくりしていってください」
そう言って徳三郎に会釈して、あかねはお綾と夕餉の支度を始めた。
暮れ六ツ(午後六時)過ぎ。
夕餉がすんで徳三郎と正太が帰り、片づけが終った。
「伯父上様の気遣いで、にぎやかな夕餉でしたな・・・」
あかねは唐十郎に茶をいれた。
「夕餉の席に合わぬ事件が続いたゆえ、伯父上も世間話で、皆の気が紛らわそうとしたのであろう。伯父上は大工仕事を知らぬゆえ、藤兵衛が話す大八車の作り方に興味が湧いたらしい・・・」
今、唐十郎の長屋はあかねと二人だけである。耳を澄ますと、隣の長屋から、藤兵衛とお綾の語らいが聞える。あかねと唐十郎のように、徳三郎の気遣いを話しているらしかった。
「ところで、探索は如何様にお進みですか」
お茶のお盆を唐十郎の前に置いて、あかねは呟くように訊いた。
「山形屋と河内屋は、毎月、六助に、米や味噌や醤油の配達を頼んでいた。
山形屋は甘い良い匂いがする大きめの菓子折りも頼んでいたらしい。
米に移った菓子折りの移り香から、六助の父の太助が、気持ちが和んだと話している」
唐十郎は、六助の通夜と葬儀で聞き込んだ藤兵衛の話を説明して、太助に様々な薬の匂いを嗅がせ、菓子折りが何か、松月先生に確認してもらう、と言った。
「あかねさんは、菓子箱の中身を何だと思うか」
「あかねと呼んでください・・・。
禁制品ではないかと思います。唐十郎様もそうお思いでは・・・」
「阿片などの禁制品を運ぶよう、六助は頼まれたのではないかと思う」
「では、探らねばなりませぬな・・・」
「如何様に探ればよいものか・・・」
唐十郎は考えあぐるているが、あかねはいたって穏やかな面持ちで茶を飲んでいる。唐十郎はあかねのそうした余裕に気づいていなかった。
藤兵衛と正太が長屋に戻った。
徳三郎は藤兵衛たちに探索結果を説明し、藤兵衛は六助の葬儀で聞き込んだ事を報告した。
「唐十郎様。六助は毎月の給金を親へ届けてました。その時・・・」
徳三郎と唐十郎が聞き込んだように、六助は毎月、親へ届ける米や味噌などを買い求める際、小舟町の山形屋と小網町の河内屋から得意先へ配達を頼まれていた。配達の品は、小網町の河内屋は味噌や醤油だが、小舟町の山形屋は米の他に、甘い良い匂いがする大きめの菓子折りだったと言う。
「何でも、薬湯みてえな移り香が米に残って、けっこう気持ちが和んだと太助のとっつぁんが言ってました・・・。
毎月、上等な菓子を配達してたんですかねぇ。菓子なら、なんで菓子屋が届けねえんですかねぇ・・・」
薬湯と聞いて、徳三郎は、神田佐久間町の町医者竹原松月の力を借りようと思った。
「太助を立ち合わせて、松月先生に確かめてもらう・・・。
太助と松月先生の都合を訊いて日取りを合わせようぞ」
「では、そのように手筈を整えます。藤兵衛、明日、同道してくれぬか」と唐十郎。
「ようござんすよ。正太も来てくれよ」
「わかりました」
炊事場で酒の支度をしながら、正太が答えた。
しばらくすると、あかねとお綾が長屋に戻った。
「ついそこで、あかねさんと会ったのさ。唐十郎様たちも、朝から出たっきりと言うから、もしかしたら、帰ってると思ってねえ・・・。
ぶっそうじゃないかい。今度は山形屋の吉右衛門さんが亡くなったんだってね。
あんたも飲んで、うろつきまわるんじゃないよ。
今日だって六助の葬儀だから、心配で・・・」
お綾は藤兵衛と正太を見て安堵の溜息をついている。
「日野道場で篠様が、伯父上様の帰りは遅くなるでしょうと話していました・・・。
夕餉を支度します。ごゆっくりしていってください」
そう言って徳三郎に会釈して、あかねはお綾と夕餉の支度を始めた。
暮れ六ツ(午後六時)過ぎ。
夕餉がすんで徳三郎と正太が帰り、片づけが終った。
「伯父上様の気遣いで、にぎやかな夕餉でしたな・・・」
あかねは唐十郎に茶をいれた。
「夕餉の席に合わぬ事件が続いたゆえ、伯父上も世間話で、皆の気が紛らわそうとしたのであろう。伯父上は大工仕事を知らぬゆえ、藤兵衛が話す大八車の作り方に興味が湧いたらしい・・・」
今、唐十郎の長屋はあかねと二人だけである。耳を澄ますと、隣の長屋から、藤兵衛とお綾の語らいが聞える。あかねと唐十郎のように、徳三郎の気遣いを話しているらしかった。
「ところで、探索は如何様にお進みですか」
お茶のお盆を唐十郎の前に置いて、あかねは呟くように訊いた。
「山形屋と河内屋は、毎月、六助に、米や味噌や醤油の配達を頼んでいた。
山形屋は甘い良い匂いがする大きめの菓子折りも頼んでいたらしい。
米に移った菓子折りの移り香から、六助の父の太助が、気持ちが和んだと話している」
唐十郎は、六助の通夜と葬儀で聞き込んだ藤兵衛の話を説明して、太助に様々な薬の匂いを嗅がせ、菓子折りが何か、松月先生に確認してもらう、と言った。
「あかねさんは、菓子箱の中身を何だと思うか」
「あかねと呼んでください・・・。
禁制品ではないかと思います。唐十郎様もそうお思いでは・・・」
「阿片などの禁制品を運ぶよう、六助は頼まれたのではないかと思う」
「では、探らねばなりませぬな・・・」
「如何様に探ればよいものか・・・」
唐十郎は考えあぐるているが、あかねはいたって穏やかな面持ちで茶を飲んでいる。唐十郎はあかねのそうした余裕に気づいていなかった。