二十 その筋

文字数 1,735文字

「二人の名はなんと言う」
 唐十郎の問いかけに、
「あっしは、飴売りの達造でやす」
「わたしは毒消し売りの仁介です」
 二人が答えると、徳三郎は穏やかに話した。
「実はな、小間物売りの与五郎は手先が器用だから、儂の道場の小机やら書物箱やら、細工を修繕してもらおうと思ってな。
 このような事は、亀甲屋へ話を通した方が良いのか、教えて欲しいのだ」
「わたしらとちがい、与五郎は、仕入れ代や仕入れの口利きや、商う場所や商い先など、亀甲屋に恩義があります。筋を通した方が、後々、揉める事はございません」

 毒消し売りの仁介の返答に、徳三郎は二人に訊いた。
「お前たちは、亀甲屋の手下ではないのか」
「あっしは日本橋界隈で商いができるように、亀甲屋の世話になっていやすが、亀甲屋の手下じゃござんせん・・・」
 飴売りの達造は日本橋界隈で商うために、香具師の藤五郎に所場代を払っている関係で、藤五郎の頼みを聞いている。飴の仕入れも道具も全て自前だった。
「わたしは越中の出でして、わたしが越中へ薬を仕入れに行って、北国街道ぞいを商って、こちらは日本橋で商うために、亀甲屋へ話を通しただけです」
 毒消し売りの仁介も、日本橋で商いをするため、亀甲屋へ所場代を払って、藤五郎への筋を通しているだけだった。

「そういうことなら、亀甲屋は与五郎を手下のように思っていよう。筋を通しておかねば、与五郎に危害が及ぶ・・・」と唐十郎。
「手下ではないですが、世話になっている事は確かでして・・・」
 唐十郎の言葉に、与五郎は返す言葉がない。
「では、亀甲屋へ参ろうぞ。なあに、気にする事はなかろう」
 徳三郎は踵を返して日本橋の方向に歩きだした。
 伯父上はいたっておちついている。藤五郎は、この三名が与力の藤堂八郎の探索を手伝う事を許可している。伯父上はそれを利用する気だ・・・。
 唐十郎は徳三郎が藤五郎にどう話すのか興味が湧いた。


 昼八ツ半(午後三時)過ぎ。
 亀甲屋の上り框に座った徳三郎は、店先に唐十郎たちを立たせたまま静かに言った。
「藤五郎さん。与力の藤堂八郎様との約束もあり、この者たちに手伝ってもらうために、この者たちに儂の道場に寝泊まりして欲しいのじゃよ。
 御用の筋は他言できぬものもあるゆえ、その方が何かと都合が良いのだ。
 如何か」
 徳三郎の言葉に、香具師の藤五郎の表情が変った。
 藤五郎は伯父上が何か証拠になる物を探り出したと思っている。鍼師室橋幻庵から注文された簪の事を話した与五郎が証人だ。藤五郎は与力の藤堂八郎に協力する旨を伝えた手前、今さら文句を言えぬだろう・・・。
 唐十郎は藤五郎の心中を探った。

「手前どもはかまいませぬが、この者たちの商いに支障が出ては・・・」
「道場で寝食を共にして、商いのついでに、藤堂八郎様と儂の探索を手伝ってもらう。それならば異存なかろう」
 徳三郎は三名の辻売りたちを見た。三名とも頷いている。
 徳三郎の探索と聞いても、藤五郎は顔色を変えない。徳三郎が特使探索方と知っている、と唐十郎は見た。

「この者たちが困らぬなら、かまいません」
 与力の藤堂八郎に協力すると話した手前、藤五郎は納得できぬ様子で承諾した。
「すまぬな。このとおりじゃ」
 徳三郎は立ちあがって、藤五郎に深々と頭を下げた。
「日野先生。頭をお上げくださいまし・・・」
 藤五郎が畏まって正座した。深々と御辞儀している。藤五郎は、辻売りの三名が日野道場に寝食しながら商いの合間に、町方と特使探索方の探索結果を知らせてくれると思った。

「では、これにて失礼する。三名をお預かりしますよ・・・」
 徳三郎は唐十郎と辻売りたちを従えて、亀甲屋を出ようとして、急にふりかえった。
「このような者たちが儂の手下にいると、探索も楽なのだが・・・。
 いずれ、儂の手下にしたいが、如何か」
 一瞬、藤五郎は言葉を失った。
「私に、異存は、有りませぬ・・・・」
 藤五郎は不承不承そう答えた。

 伯父上は藤五郎が承諾するように事を運んだ。藤五郎自身に非がなければ、藤五郎は、与力の藤堂八郎のような正道の町方などに協力はしない。藤五郎がここで異論を唱えぬのは、自身の非を隠し通したいがためだ。これを利用した伯父上もなかなかの者だ・・・。
 唐十郎はそう思った。
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