三 刺客対策
文字数 1,443文字
明け六ツ半(午前七時)
藤吉の騎馬が神田猿楽町の勘定吟味役荻原重秀の屋敷に着いた。藤吉は肥問屋仁藤屋のお藤の弟の藤吉と名乗って、お藤の急ぎの使いで駆けつけたと告げた。
門番は藤吉を屋敷内の奥座敷の外へ連れて行った。
奥座敷の障子が開いた。
「私は荻原重秀です」
外廊下に現れた荻原重秀は、外廊下の床に座った。
「さあ、ここに上がりなさい、そして、お藤の知らせを聞かせなさい」
「はい・・・」
荻原重秀は藤吉を外廊下に上がらせて知らせを聞いた。
藤吉の説明を聞くと荻原重秀は、
「わかりました。よく知らせてくれました」
柏手を打って家人を呼んだ。外廊下に現れた家人に、藤吉に茶漬けを用意するように言いつけた。
家人が外廊下から去ると、藤吉は神妙に尋ねた。
「姉が俺を通じて、荻原様に福助一味の動きを伝えさせたのは、どういうことですか」
「吉田屋吉次郎の手下に動きがあったら知らせるように、お藤に言い含めておきました。
藤五郎亡きあと、吉次郎が日本橋の香具師の元締の跡目を騙っていたため、吉次郎の勢力が、日本橋界隈の藤五郎勢力の縄張りを奪おうとしています。
ここからの話は口外してはなりません。
そなた藤吉を、馬喰町の香具師の元締と見込んで言うのです。いいですか」
荻原重秀は念を押した。
この言葉で、藤吉は、勘定吟味役荻原重秀が藤吉を馬喰町界隈の香具師の元締と認めた、と確信した。
「はい」
「お藤は藤五郎の養女だが、奉公人と身内のために、養女だとは言わなかった。しかも、吉次郎の悪事を曝くにあたって、仁吉とお藤は御上(奉行所)に多大なる協力をした。その功績は実に大きい。
そこで、公儀(幕府)は最近になって、お藤を藤五郎の正式な跡目として認めた。
まだこの事は公にはせぬが、おって町奉行からそのような沙汰が下ります。
よって、私はお藤に、
『藤五郎の手下の香具師とは騒ぎを起こしてはならぬ』
と伝えさせたのです」
「はい、姉からそのように聞きました」
お藤からの指示で、藤五郎の手下の香具師たちは、福助一味との騒ぎを起こさなかったため、福助一味は、吉次郎が騙りで得ていた藤五郎の縄張りを、さらに拡げるため、刺客を使って藤五郎に縁の者を斬殺した。
その事は公儀(幕府)の特別な調べで明らかになりつつあったが、荻原重秀はその事に触れなかった。
「お藤と香具師の元締たちには、
『刺客には私が対策を講ずるゆえ、心配するな。私の名は出してはならぬ』
とだけ伝えてください」
「はい。必ず伝えます」
藤吉がそう答えていると奥座敷に家人が現れた。
「旦那様。こちらに茶漬けの用意が整いました」
奥座敷に朝餉の膳を整えて、家人は退出した。
「さ、茶漬けの用意ができたゆえ、座敷に入って、私とともに食ってくだされ」
「はい、勿体ないお言葉です」
「気にするな」
そう言って荻原重秀は笑っている。
「はい」
藤吉は座敷に入って、用意された膳の前に座った。
「あの、つかぬ事を訊きますが、いいですか」
藤吉は茶漬けを食いながら、恐る恐るそう言った。
「何なりと訊いてください」
「もしかして、御上は福助一味の動きを探っていたのですか」
「そちたちが知らせてくれるゆえ、動きは掴んでいますよ」
穏やかにそう言って、荻原重秀は、公儀の忍びを使った特別な調べと始末をごまかした。
「姉も一味の動きを知らせてたんですね・・・」
藤吉は自分なりに姉を思いだした。
「ここを出たら、先ほどの話、皆に伝えてください」
「承知しました」
藤吉は納得して茶漬けを食った。
藤吉の騎馬が神田猿楽町の勘定吟味役荻原重秀の屋敷に着いた。藤吉は肥問屋仁藤屋のお藤の弟の藤吉と名乗って、お藤の急ぎの使いで駆けつけたと告げた。
門番は藤吉を屋敷内の奥座敷の外へ連れて行った。
奥座敷の障子が開いた。
「私は荻原重秀です」
外廊下に現れた荻原重秀は、外廊下の床に座った。
「さあ、ここに上がりなさい、そして、お藤の知らせを聞かせなさい」
「はい・・・」
荻原重秀は藤吉を外廊下に上がらせて知らせを聞いた。
藤吉の説明を聞くと荻原重秀は、
「わかりました。よく知らせてくれました」
柏手を打って家人を呼んだ。外廊下に現れた家人に、藤吉に茶漬けを用意するように言いつけた。
家人が外廊下から去ると、藤吉は神妙に尋ねた。
「姉が俺を通じて、荻原様に福助一味の動きを伝えさせたのは、どういうことですか」
「吉田屋吉次郎の手下に動きがあったら知らせるように、お藤に言い含めておきました。
藤五郎亡きあと、吉次郎が日本橋の香具師の元締の跡目を騙っていたため、吉次郎の勢力が、日本橋界隈の藤五郎勢力の縄張りを奪おうとしています。
ここからの話は口外してはなりません。
そなた藤吉を、馬喰町の香具師の元締と見込んで言うのです。いいですか」
荻原重秀は念を押した。
この言葉で、藤吉は、勘定吟味役荻原重秀が藤吉を馬喰町界隈の香具師の元締と認めた、と確信した。
「はい」
「お藤は藤五郎の養女だが、奉公人と身内のために、養女だとは言わなかった。しかも、吉次郎の悪事を曝くにあたって、仁吉とお藤は御上(奉行所)に多大なる協力をした。その功績は実に大きい。
そこで、公儀(幕府)は最近になって、お藤を藤五郎の正式な跡目として認めた。
まだこの事は公にはせぬが、おって町奉行からそのような沙汰が下ります。
よって、私はお藤に、
『藤五郎の手下の香具師とは騒ぎを起こしてはならぬ』
と伝えさせたのです」
「はい、姉からそのように聞きました」
お藤からの指示で、藤五郎の手下の香具師たちは、福助一味との騒ぎを起こさなかったため、福助一味は、吉次郎が騙りで得ていた藤五郎の縄張りを、さらに拡げるため、刺客を使って藤五郎に縁の者を斬殺した。
その事は公儀(幕府)の特別な調べで明らかになりつつあったが、荻原重秀はその事に触れなかった。
「お藤と香具師の元締たちには、
『刺客には私が対策を講ずるゆえ、心配するな。私の名は出してはならぬ』
とだけ伝えてください」
「はい。必ず伝えます」
藤吉がそう答えていると奥座敷に家人が現れた。
「旦那様。こちらに茶漬けの用意が整いました」
奥座敷に朝餉の膳を整えて、家人は退出した。
「さ、茶漬けの用意ができたゆえ、座敷に入って、私とともに食ってくだされ」
「はい、勿体ないお言葉です」
「気にするな」
そう言って荻原重秀は笑っている。
「はい」
藤吉は座敷に入って、用意された膳の前に座った。
「あの、つかぬ事を訊きますが、いいですか」
藤吉は茶漬けを食いながら、恐る恐るそう言った。
「何なりと訊いてください」
「もしかして、御上は福助一味の動きを探っていたのですか」
「そちたちが知らせてくれるゆえ、動きは掴んでいますよ」
穏やかにそう言って、荻原重秀は、公儀の忍びを使った特別な調べと始末をごまかした。
「姉も一味の動きを知らせてたんですね・・・」
藤吉は自分なりに姉を思いだした。
「ここを出たら、先ほどの話、皆に伝えてください」
「承知しました」
藤吉は納得して茶漬けを食った。